第4話 遠乗りの午後3



「まあいい。そういうことなら、今日は大目に見てやる。次は本気で勝負しろよ?」


 ジェロームはそう宣言した。ちゃんと勝敗がつくまで満足してくれそうにない。

 これで仲よくなれるなら、それもいいだろう。


 馬の手綱をひいて歩きながら、三人で馬小屋へむかっていく。


 ところがその途中、レモンドに出会った。彼女も馬小屋から出てきたばかりのようだ。葦毛あしげの雌馬をつれている。すでに鞍がのせられ、いつでも乗馬できる形だ。


 レモンドはワレスの馬を見て「あら」と言った。

 そうだった。シロンと侍女の秘密の逢引きを目撃して、そのまま許可を得ずに馬を持ちだしてしまったのだ。


「申しわけありません。姫。あなたの愛馬を借りておりました」


 ワレスが謝罪すると、ジェロームが口をはさむ。


「なんだ、おまえ。断りに行っただろう?」

「お姿を見つけることができなかったんだ」

「ダメなやつだなぁ。礼儀がなってないぞ」


 ほんとに馬に関してだけは、やけに騎士道精神を発揮する男だ。が、レモンドはほのかに微笑した。


「かまいません。シルキーレースもおりますから」


 しかし、彼女の愛馬は主人の顔を見て喜んだ。ワレスのひく手綱を無視して、レモンドのほうへすりよっていく。

 なぜか、レモンドは困った顔をした。それはもしかしたら、あきらかにシルバーグラスが汗をかき、ひと仕事終えた風体だったからではないだろうか?


 令嬢の愛馬は運動して疲れている。しかし、五分5ミールも待てば、シルバーグラスの呼吸も整う。だく足でかけるくらいはしてくれるはずだ。その五分が惜しいということか?


(令嬢は急いでいる。いったい、どこへ行くつもりだ?)


 令嬢を見送り、いったん馬小屋まで帰ったものの、どうにも気になった。


「ブラッククラウン。ブラッシングしてやろうな。よしよし」


 なんてやってるジェロームから、こっそりとあとずさる。何事か察したようすのジェイムズをおとりに残して、ワレスは再度、シルバーグラス号を持ちだした。


 さっき、令嬢は森のほうへ歩いていった。ただの遠乗りかもしれないが、そうではないかもしれない。後者に賭けて、馬を走らせる。


(令嬢はどっちへ行った?)


 しばらく走ってもレモンドの姿を見かけない。あきらめようとしたとき、シルバーグラスが自らどこかへむかって走りだした。ワレスは止めようとした。が、そのやさき、葦毛の上でひるがえるドレスを遠く前方に見る。シルバーグラスは主人の匂いを感知したのだ。


 しばらくすると、令嬢の馬は止まった。ワレスもシルバーグラスの歩調をゆるめ、そこでおりる。なんとも物悲しそうな顔をする馬を木の枝につなぎ、令嬢のいたあたりへ歩いていった。


 令嬢はあの目立つ大木の下にいた。彼女も馬をおり、やけに周辺をウロウロしている。そのまま時間だけがすぎていった。令嬢は深々とため息をつくと、あきらめたようすで馬にまたがる。どうやら屋敷へ帰るつもりのようだ。


 ワレスも急いで、シルバーグラスを置いたところまで戻った。

 ワレスは徒歩、令嬢は馬だ。彼女のほうが移動が速い。途中で追いぬかれる。


「あら」


 ワレスは目立つ金髪なので見つかってしまった。


「こんなところで何をなさっているの?」


 ワレスは自分にできる最高の笑顔を作った。世の九割の女性に絶大な影響力をもたらす笑みだ。


「あなたのことが心配で追ってきました。ずっと探していたのですよ」と、たったいま出会ったそぶりをする。


「ご心配にはおよびませんわ。なれた森ですもの」

「ですが、今は恐ろしい事件のまっただなかです。野蛮な犯人がどこにひそんでいるかわかりません。屋敷に帰るまで同行いたしましょう」


 ワレスが述べると、レモンドは不承不承に納得した。というより、どっちみち彼女の用事はすんだ。なんのために屋敷をぬけだして森のまんなかまで来たのか知らないが、今さら、ワレスがいても、彼女の要件のジャマにはならない。だから了承したのだ。


 枝につないでいたシルバーグラスのもとへ帰ると、ワレスは鞍にまたがり、レモンドのとなりを並足で歩かせる。


 のんびりと乗馬を楽しむにはいい季節だ。赤や黄やオレンジに、かすかに残るグリーン。舞い散る葉がふりつもる。恋にひたる女のため息のよう。


 どこか切ない景色のなか、美女のよこ顔を見ながら進む。それじたいはこの上ない甘いシチュエーションだ。が、レモンドの顔つきはやはり暗い。ただ婚約者が死んだから、という感じではない。この令嬢、深刻な悩みがあると見た。


 さぐりを入れてみる。


「森に用があったのですか?」

「いいえ。気晴らしですわ」


 嘘だ。やけにあたりをキョロキョロしつつ同じ場所にとどまっていた。思いきり不審な行動だ。


 もしや、あれは誰かと待ちあわせだったのではないかと、ワレスは思いいたる。

 恋人が死んだばかりだというのに、いったい誰と密会しようとしていたのか。


 しかし、森のなかで令嬢と二人。これは話をするのに、うってつけのチャンスだ。


「リュドヴィクのことはとても残念でした。だが、あなたはまだお若い。泣いてばかりいるのは体に毒ですよ」と、ワレスが言うと、レモンドは黙りこむ。


 悲しいことを思いださせてしまったのかと、その整ったよこ顔をながめる。が、レモンドの表情は憂いというより、不快な話題にふれられたときのそれのようだ。


 なんだか、おかしい。


「あなたはリュドヴィクを愛していたのですよね?」


 重ねてたずねると、「ええ」と、おざなりの返事。


「だから、私と初めて会ったとき、ご機嫌を損じたのですね? リュドヴィクの代わりに新しい候補が呼ばれてきたと思った?」

「あら、わたし、怒っていないわ」

「いいえ。お顔に出ていましたよ。でも、ご安心ください。私はジェイムズの友人です。リュドヴィクが死んだ事件のことを調べにきただけですから」


 すると、どうしたことか、レモンドの顔色は青ざめた。ますます、こわばる。


 これは妙だ。

 まるで、レモンドが事件に関与しているかのような?

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