第4話 遠乗りの午後2
そんなことを考えていたので、いつのまにか公爵家の裏庭を出ていた。あたりはすっかり森だ。
しっかり道順を見ていなかったが、ちゃんと屋敷に帰れるだろうか。まあ、ジェイムズについていけば迷いはしない。
「まったく、うらやましい体型だな。そのくらい細ければ、
道案内しながら、ジェロームは一人でしゃべっている。馬については話題がつきないようだ。ワレスは特別に馬が好きなわけではないから、そろそろ飽きてきた。
「あれはなんだ?」と、ちょうど木陰に見えた小屋をさしてたずねる。
「狩小屋だろう」と、ジェロームは言う。仮定で話しているから、彼もなかを見たわけではないのだ。
「狩小屋にしては小さいな。なんだか、陶器の窯のようだ」
「さあ。知らん。狩りも嫌いじゃないが、おれは
見るからに、そんな感じだ。
森のなかで馬をかけさせる競争は、ジェロームの好きな二つの競技の技術が存分にいかされる。だから、こんなに上機嫌なんだろう。
「そろそろいいかな? ここから裏庭の薔薇の生垣のところまで、誰がもっとも早くつけるか」
ジェロームが言うので、樹間に馬首をならべる。
ワレスは
「では、いいか?」
「いつでも」
「どうぞ」
ジェロームが合図をかけ、ワレスたちはいっせいに馬を走らせる。
屋敷まではさほど遠くない。考えごとをしていたが、四半刻もすれば、裏庭まで到着する。とは言え、馬が最大出力で走ることができるのは、ものの数分だ。ということは、あるていど力をぬきながら、うまく技量を使って最短距離を行き、トップスピードを出すタイミングをはかるしかない。
(あの狩小屋付近は障害が多かった。目立つ大木もあったしな。そのあとの草むらが直線コースだ。ぬきにかかるなら、あそこだな)
勝つ気はないと思いつつ、そんな分析をしてしまう。じっさい、ワレスもけっこうな負けず嫌いだ。
最初はわざと、二人のあとをゆっくりつけていった。
三人のなかで騎手にもっともふさわしい体型なのはワレスだ。ユイラ人の平均身長よりは高いが、かと言って、ジェイムズやジェロームほどノッポでもない。細身でよぶんな脂肪もついていない。ギャロップをさせても、馬への負担が少なくてすむ。
追いぬくタイミングさえ間違えなければ——
先頭のジェロームの姿が木々のあいまに消えた。ジェイムズもかなり遠くなる。あまり遅れると、帰り道がわからない。
ワレスが少しスピードをあげようとしたときだ。森のなかに一度だけ、大きな音が響いた。
それはなんと言ったらいいだろうか。空気を切り裂くような轟音。かん高く、金属的で、まるで極小の花火を打ちあげたような?
(花火……?)
とてつもなくイヤな予感がする。それは先夜、テルム公爵から聞いた古代兵器の特徴を思いださせる。
ワレスはあたりを見まわした。が、とくに異常があるわけではない。音がしたのは前方のようだった。ちょうど進行方向だ。
だく足から駆け足に馬の歩調を速めた。まもなく、ジェイムズが見える。周囲をうかがっているのは、あの音を聞いたせいだろう。
「ジェイムズ」
「ああ、ワレス。今の音、聞いたかい?」
「聞いた。ところで、ジェロームは?」
「さきに行ったようだ。姿が見えない」
あれだけの轟音をものともせず、勝負に集中するとは、よほどの変人だ。
周囲を見ても、音の正体になりそうなものはない。急いでジェロームを追っていく。
黒薔薇がアーチを描く生垣まで帰ってきた。遠景に公爵家の館も見える。
道すがら、もしや、リュドヴィクに続いてジェロームまで殺されたのではないかと、内心ドキドキしていたのだが、その心配はいらなかった。黒薔薇のアーチを背にして、ジェロームは腕を組んでいた。
「おまえたち、遅いぞ。ぜんぜん話にならんじゃないか」
ワレスたちが手をぬいたと思って怒っている。勝てばいいというわけでもないらしい。ジェロームは正々堂々、強敵に勝つのが好きなようだ。
「そうじゃない。森のなかで大きな音がした。不審に思って立ちどまったんだ」
ジェロームはちょっと機嫌をなおす。
「あれか。木こりが木を倒したんだろう? この森では、しょっちゅう聞こえるぞ」
木こり……ほんとにそうだろうか?
なんだか、納得できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます