第二章 第二の殺人

第四話 遠乗りの午後

第4話 遠乗りの午後1



 テルム公爵家での日々は怠惰にすぎていく。

 カード遊びにボードゲーム。ギャンブル。詩吟会に園遊会。たまには踊ったり、散歩。ジェロームを追いかけて遠乗りをしてみたり。


 ジェロームは傲慢で近づきがたい青年だが、遠乗りにつきあいたいと言うと、少し機嫌をよくした。

 もしも、ジェロームが古代兵器を見つけて隠し持っていたら、森のなかでワレスは殺される危険性がある。なので、護衛にジェイムズをつれてきた。

 が、その必要はなかったかもしれない。


「遠乗り? おれについてこれるのか?」

「……おれはともかく、ジェイムズは負けない。学年一の騎手だった。な? ジェイムズ?」

「うん。まあ……」


 温厚で人と争うことを好まないジェイムズだが、学生時代、馬術は突出していた。

 当時にくらべて身長が伸びているので、馬への負担が増えたぶん、以前ほどの速さは出ないかもしれないが、それはジェロームだって同じだ。二人の体格はだいたい同じくらい。


「どの馬にする?」と、ジェロームはノリノリだ。目が輝いている。

「おれはこのブラッククラウン号だな。ブラッククラウンは素晴らしい馬だ。こんなに見事なブラゴール種を持っているのに、テルム公爵は狩りは年に数回しかしないと言うんだぞ。もったいない。なぁ、ブラッククラウン?」


 毎日、遠乗りしているのだから、ジェロームはすっかり馬になつかれている。ジェロームも優しい目で馬を見ていた。


「私は愛馬で行こう。ブラッククラウン号ほどの高級馬ではないが、やはり、私との呼吸はほかの馬よりあう」と、ジェイムズ。


 ワレスは自分の馬を持っていないわけではないが、今回はつれてきていない。

 なので、馬小屋のなかから、毛並みのよい尾花栗毛おばなくりげを選んだ。体毛の大部分は栗毛だが、たてがみと尻尾が白い、とてもキレイな馬だ。牡馬ぼばにしてはやや小柄だが、初対面のワレスを見ても嫌がらない。おとなしくて御しやすそうだ。


 ジェロームのワレスを見る目が少し変わる。


「ほう。なかなかいい選択をするな。シルバーグラスは優秀な馬だ。心臓が強いから、見ため以上の馬力がある。おれが乗るには小柄だが。それは、レモンド姫の愛馬なんだそうだ」


「令嬢のか。それは勝手に持ちだすわけにはいかないだろうな」


「まあ、そうだな。テルム公爵からは好きな馬を使ってよいとゆるしを得ているが、姫が急に馬に乗りたくなったときに、愛馬がいなくては気を悪くする」


 尊大に見えるジェロームにも、他人を思いやる気持ちがあるとはおどろきだ。馬に関することには配慮が細かいらしい。きっと、自分がされてイヤなことだからだろう。


「令嬢に断りを入れてくるが、帰ってくるまで待ってもらえるだろうか?」

「しかたないな。急げよ?」


 そんなに競争したいのか。

 負けず嫌いに違いない。


 ワレスは一人離れて、邸宅へ戻る。令嬢の部屋は三階だ。しかし、庭を歩いているときに、ほどよくアドリーヌを見つけた。彼女に伝言をたのめばいい。


 なにげなく近づきかけて、ワレスはあわてた。庭木のかげに身を隠す。


 なんと、令嬢の侍女は花婿候補のシロンと抱きあっている。まわりに誰もいないと思い、安心しきっているのか、かわす言葉さえ聞こえた。


「アドリーヌ。いっそ、二人で逃げよう。僕はもうどうなってもかまわない」

「そんなこと……ゆるされません。姫さまを悲しませてしまいます」

「でも、僕はもう耐えられないんだ。このまま、両親やまわりの人たちをあざむくことに。何よりも君を苦しませている」

「わたしは平気です。若さまとこうしていられるだけで……」


 そして、くちづけ。


 しかたなく二人から離れ、もとの馬小屋へ帰る。


「許可を得たのか? じゃあ、行こう。行きはルートを案内してやるから、帰りに競争だ」と、はりきっているジェロームに、「ああ、うん」と生返事をする。


 シロンとアドリーヌは愛しあっている。だからこその、シロンのあのため息であり、殺人があった日のアドリーヌの証言なのだ。窓のなかのシロンを、彼女はたしかに見ただろう。しかも、そのあと午後いっぱい、いっしょにいたに違いないのだ。


(それなら、シロンはますます殺人とは無縁だな。令嬢の婚約者を殺す意味がない)


 しかし、二人の恋はうまくいかないだろう。

 シロンは裕福な大貴族の婿養子になることを、家族から望まれている。

 一方、アドリーヌの両親は公爵家に仕える乳母と騎士だ。貴族の身分を持ってはいるが、自分の城も領地もない。言わば格式ある使用人にすぎない。シロンの両親が期待するほどの結婚相手ではなかった。


 まあいい。彼らが殺人に関与していないことが確実だとわかった。

 誰かが怪しいとしたら、やはり、このジェロームだろう。


 ジェローム自身の馬を、さきほど、馬小屋で見なかった。彼ほどの無類の馬好きなら、たとえわずかの期間でも、愛馬と別れて暮らすなんてできないはず。


 ということは、彼は自分の馬を持ってない。またはつれてきてはいるが、公爵家の馬のほうが遥かに魅力的なのだ。


 たしかにワレスが見ても、テルム家には質のいい純血種の馬がたくさんいた。それも、公爵自身はろくに狩りもしないのに。


 つまり、令嬢と結婚すれば、数々の名馬がすべて、ジェロームのものになる。

 そのために人を殺す——それくらいのことは、ジェロームならするかもしれない。

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