第3話 古代兵器3



 だが、このとき、ワレスはまだテルム公爵から、もっとも肝心なことを聞いてはいなかった。最大の秘密はこのあと打ちあけられたのだ。


「ですが、閣下。古代兵器は秘密裏に保管されているのでしょう? それがじっさいに殺人に使われたとしたら、保管場所を知る者——つまり、あなたの家族ということになるのでは?」


 だから、公爵は事をおおやけにせず、隠密に解決させたいのではないかと考えた。


 ジェイムズも兵士をつれず、たった一人で来ている。ということは、正式な裁判所預かり調査部の役人としてではなく、個人的に頼まれてやってきたというわけだ。


 おそらく、リュドヴィクの生家であるフィニエ侯爵家の手前、いちおう調査している形式をとりたいだけなのだろう。


 すると、公爵はここ一番の深いため息を吐きだす。


「じつは……古代兵器は、もうない」

「えっ?」

「いつごろ失われたのかはわからない。この古文書が記されたころには、古代兵器そのものは行方がわからなくなっていたようだ」

「千年も前に?」

「うむ。何者かに盗まれたか、あるいは継承がうまくおこなわれなかったのか、家人が誰にも告げず別の場所へ隠したのかはわからない。とにかく、喪失した、という事実だけが今では伝えられている」


 ワレスはうなった。

 公爵の年に似げないしわの深さが納得できる。そんな重い秘密がつねに両肩にのしかかっていれば、誰でも寿命をけずられる思いだろう。


「そのことをあなたのご家族は?」

「誰も知らぬ。代々の当主だけが一子相伝で口伝くでんするのだ」

「まあ、そうでしょうね。このことが皇帝陛下のお耳に入れば、テルム家はおとりつぶしだ。へたすると、当主のあなたは責任をとって処刑」

「さもあろうな」


 それで、ワレスにもあれほど強く他言無用と強いたのだ。


 しかし、これはどういうことだろうか?

 古代兵器は遥か昔に失われていた。なのに、つい三日前に殺された男は、まるでこの武器を使ったかのような死にかたをしている。


(もしや、この城のどこかに古代兵器が残っているのか?)


 それも考えられなくはない。

 ある時期、秘密の保管場所を当主から当主へ引き継ぐことができなかった時代があったのだとしたら? 当主の不慮の死で口伝がとだえた、などの理由で。


 それなら、古代からの保管庫に今でも誰にも知られず、ひそかには存在していることになる。


 そして、もしも、リュドヴィクを殺した何者かが、ぐうぜんにもを見つけていたとしたら……。


「わかりました。三日前の殺人が古代兵器によるものなのか、そうでないか。また、古代兵器なら、今それが何者の手にあるのか調べましょう。もちろん口外はしません」


「どうか、頼む。我らを救ってくれ。私はむろん、奥や姫もこのことが明るみになれば、はたして、どんな処罰を受けるものか。礼ならば、なんでもする。そなたを姫の婿にしてもいい」

「それは、どうも」


 と答えたものの、姫君の夫になる気はサラサラなかった。それなら、まだしもジョスリーヌと結婚したほうが楽しそうだ。あの喪服の未亡人のような令嬢相手では、毎日が憂鬱ゆううつになる。


 が、ここでふと思う。

 令嬢のあの暗さは心鬱から来ているはず。もしや、婚約者が死んだからではなく、父がひた隠しにしている生家の秘密を知ってしまったからだとしたら?


 実家がつぶされてしまう。家族は処刑される。

 そんなことを知れば、誰だって陰気な顔になるというものだ。


(令嬢は何か知っているのか?)


 次は令嬢と話してみたい。が、晩餐あとの深夜。さすがに結婚前の娘と、恋人でもないのに面会できない。これは明日にまわすしかないだろう。


「そうそう。閣下。あなたにもう一つ聞きたいことがありました」

「うむ。なんだ?」


 ワレスは微笑する。


「令嬢の侍女のアドリーヌですが、あなたの隠し子ではないですよね?」


 とたんに、テルム公爵の表情が珍妙になる。意味不明、とその顔には書いてあった。


「……どういう意味だ?」

「令嬢の乳母があなたの愛人で、その娘はあなたの実子ではないかと」


 やっと納得したようすで、テルム公爵は笑いだす。


「何を言いだすかと思えば。たしかに、姫の乳兄弟であるから、アドリーヌのことは家族のようにあつかってはいる。が、私の娘ではない」

「嘘ではありませんよね?」

「くどいな。アドリーヌの父はオウクル子爵家のナリムだ。わが家の騎士をしている。なんなら、会わせてやろう」


 公爵家は臣下にくだったとは言え、皇室の親戚だ。テルム家は分家したのが遥か古代だから、最近の血筋は遠くなっているかもしれない。が、特別な家柄であることには変わりない。跡目を継げない貴族の子息が騎士として仕えるのもめずらしいことではなかった。


 つまり、ナリムとその妻は夫婦でテルム家に仕えている。その状態では、妻が主君の愛人である可能性はゼロに等しい。


「なるほど。下衆のかんぐりでした。失礼」


 アドリーヌは事件とは無関係のようだ。

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