第12話ヘタレ

【ヘタレ】


 それを聞いた俺は、結局それから何も聞けず、黙ってしまった。



「そんな事より、会社は?ずいぶん早いんじゃない?」


「はい、熱中症かな~って、なんか調子が悪くって、課長に相談して早く帰ってきちゃいました」


「そう、大丈夫?」


「ええ、裕子さんに会ったら調子よくなったみたいです」


「そっか、それでうちに来たのね」


「はい」


 違う、そうじゃない……


「この暑さで毎日毎日残業じゃあ、調子も悪くなるわよね、そういうときに頼ってくれるのってうれしいな~」


「すみません、勝手に頼っちゃって」


「ううん、いいのよ、残業仲間だし、帰っても1人ぼっちじゃ不安だものね」


「はい」


「ちょうどソファーも変わったことだし、このままここで寝ていったら?」


「すみません、そうさせてください」


 それから、俺は橘専務の事は何も聞けないまま、裕子さんの好意に甘える形で、泊めてもらった。


 調子が悪いならと言って、当然ビールはなし、ポカリを飲まされ、そしてお粥を作ってもらって、でもそれじゃあ体力がつかないだろうからって、いろいろ具材の入った雑炊にしてくれて、いつものような雑談でその日は終わった。


 次の日から2日俺は休み、裕子さんも休み。


 朝起きると、裕子さんが体温計を額に当て


「熱はなさそうね、調子は?」


「はい、大丈夫です、すっきりしてます」


「そう、よかった、でも顔色はあまり良くないわね、高谷君って今日は休みだよね」


「はい」


「それじゃあ、しばらくそのまま寝ていたら?」


「いいんですか?」


「うん、私も休みで、何もすることないし」


 そうだよな、昨日橘専務とアレだったんだし、橘専務は会社だろうし、今日は何もないんだろうな


「それじゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてください」


 体調は悪くない、むしろすっきり、でも心のもやもやがどんどん大きくなっていく。

 クソッ。


 結局、その日はお昼過ぎまで裕子さんの部屋で寝ていて、裕子さんがそうめんをゆでてくれ、一緒にそれを食べ、お礼を言って自分のマンションに帰った。


 休み明け、いつのも日常


「柴田さん、一昨日はありがとうございました」


「高谷君、大丈夫?」


「はい、おかげさまで体調も戻って、復活しました。今日からしっかり働けます」


「そう、よかった、でもあまり無理しちゃダメよ」


「はい、でも、そういう柴田さんだって、ほとんど同じ時間まで残業してるじゃないですか、柴田さんこそ体に気を付けてください」


「あら、私の事も気にかけてくれるの?ありがと」


「いえ」


 裕子さんとお話するのが楽しい、泊まれてうれしい、でも直接裕子さんの口から

『とても大切な人』

 が頭に中にこびりついて離れない。


 それを思い出すたびに胸がモヤモヤ。


 裕子さんと橘専務があのベッドで……そう考えると胸が苦しくなる。


 そのくせ何も言えない俺……ヘタレ、どうしようもないな。


 会社はいつもと変わらず、裕子さんは変わらず橘専務からの内線があると……

 

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