第三章 救いたい人⑤
相変わらず学習する気のない生徒達で、教室の授業が荒らされている。教師も呆れて注意するのではなく、自分が教えてる授業が妨害されると一旦黒板から目を逸らす。騒いでいる生徒に睨みを効かし、しばらく黙り込むようになる。これが社会の授業担当教師のやり方だった。
しばらく教師の沈黙が続くと流石にうるさかった教室も静まり返る。そして、さっきまで荒らし行為を続けていた生徒達も、何事かと言わんばかりの反応で前を向く。
『……。次同じことをすれば出て行ってもらう』
その言葉の後、数秒の沈黙が続いた。
遠真にとっては、こんな事何も気にしていなかった。今までもこのような状況はあった。だが自分は真面目なフリをして、ノートに落書きばかりしていた。落書きは別に誰にも迷惑がかからないサボり方だ。
『お前らのせいで貴重な時間が削がれて行くんだ。それはお前らだけではなく、ここに真面目に授業を受けている生徒達にも迷惑がかかる。以後気をつけなさい』
そう言って、先生は教科書の内容を復唱する。
落書きは無駄に騒いで授業の雰囲気を冷めるような事はないし、何より同じつまらない授業からの現実逃避をしたかったのであろう、騒いでる連中と比べて他者への被害も出ない。
『つまらないなぁ。全く…』
ぼそっと呟いた遠真。そして、今まで見てきたクリーチャーの下手くそな落書きを淡々と描き続けた。途中でまた懲りない授業を荒らした連中のうち2人が、何やらこそこそと小声で悪戯の提案を話し合っている。遠真はその様子を横目で何気なく見ていた。その後、遠真はすぐに教師の方を向くと、2人の話し合っているのを見つけたのか、また沈黙していた。
『お前ら、出ていきなさい。授業妨害した奴らは授業を受ける資格などない。先程注意したばかりなのに、まだ一分も経ってない。それでこんな無駄な時間だけが流れる。もう、お前達にはこんな所にいてもどうせサボるだろ。だから邪魔だ』
『はいはーい、質問でーす。こんなのなんの意味があるんですか?社会とか学んで将来なんの役に立つんですかぁ?』
もう、どうでもいい。本当に時間の無駄だ。
遠真の中で、鬱陶しい時間と空間だけが淡々と続くだけであった。授業もつまらないし、醜い生徒と先生の争いと誰も興味ない。そのため更に授業雰囲気が悪化する。この負の空間から早く出たい。ずっと残りの時間、そんな事を考えていた。
やっと昼休みになった。いつものルーティンでパンを購入しに向かう。その際、学食コーナー近くで女子生徒数人が、遠真の道を塞ぐように集まっていた。一旦立ち止まり、遠真はチッ!と舌打ちをした。しばらくして、通行の妨げとなる女子生徒の集まりのうち一人が遠真存在に気がついた。
『あっ!あいつは!』
遠真の方に指を挿し、他のメンバーが振り向く。
『あっ!遠真!あいつマジでウザイわ。こっち見て』
『おい!昨日はマジでやってくれたな』
『遠真!ちょっとお前に話あるんだけど』
一斉に遠真の方に近寄ってきては、メンチきって威嚇してくる。昨日彩花を虐めていた連中だった。それは、向こうが先に遠真に気づく前に気づいていた。
『あぁ、お前ら昨日の』
『アタシらあの後、散々怒鳴り散らかされてせっかくの時間をお前のせいで潰されたからな』
『お前は一発、彩花みたいに懲らしめてやんないと気が落ち着かなぁんだわ』
そういうと、リーダーであろう真ん中の生徒が右拳をポキポキと音を鳴らして、今すぐ殴りかかりそうな状態にあった。
『お前らなんかと遊んでる暇ないから。それにまた問題起こす気か?昨日言ってた、お前らに逆らったらどうするかってやつをここでやるのか?』
『あぁ、今すぐやりたいけどここは流石に無理だな。だから屋上まで来いや』
『断る』
するとリーダー女子が、近くに設置してあった消化器を仕舞うガラス製の入れ物に向かって思い切り蹴りだした。
『おちょくってんのか!てめぇ!来いっつったら来いや!』
そして昨日と同じように遠真の胸ぐらを掴むかかった。
『こらぁ!またお前ら!』
たまたま近くにいた先生が止めにかかってきた。
流石に消化器の入れ物を壊された後は誰でも気づく。相当頭が悪いんだなと、遠真は彼女達を見下した表情で睨む。
そして遠真のみ注意されず、また女子生徒達が怒られる始末だった。遠真はその場をさっさと去ろうとした時だった。
いつも昼ごはんを購入する購買に彩花が、目の前の喧嘩の状況を見ていた。その場で立ち止まりながら、足を小刻みに震わせながら怯えている。
『彩花ちゃん…』
しばらく彩花とアイコンタクトを取りながら、お互いその場で固まっていた。
屋上は心地よく涼しい風が吹いていた。
『私のせいよね』
『いや、あの連中が頭悪いだけだよ。消化器のガラスケース蹴るとか、器物破損じゃねぇか』
『でも、遠真君が助けに来た事で巻き込まれちゃって。向こうも何かしらでまた絡んでくるだろうし』
『いやでも、昨日の件は流石に俺もマズイと思った。なんか止めないと大変なことに繋がると思ったから』
『……』
遠真がいつも利用している、屋上にある横長の椅子に、二人で座りながら先程の出来事に関して会話している。
少し彩花が暗い表情になる。遠真は気まずい状況ではあるが、軽く笑顔になって、気にするなと告げる。
『彩花ちゃんは申し訳ないって思うかもしれないけど、俺が勝手に助けたことなんだから。もう悩まなくていいよ』
そしてまた、彩花に向かって笑顔を返す。
『ありがとう。遠真君。すごく優しくて、たくましいんだね』
『そんな事ないよ。俺すげぇバカでクズな奴だよ。昔から何を一生懸命やっても俺のことなんか評価してくれる人なんていなくて。だから、こんな俺に出来るがあるんだったら積極的に向き合おうとしただけだよ』
『その行動、すごくカッコいいと思う。他の人じゃ、虐められてる人を一人で助けるなんてなかなか出来ないと思うし。私、遠真君に色々救われたの。だからお礼がどうしてもしたいの』
彩花は遠真に真っ直ぐ視線を向ける。
『まぁ彩花ちゃんには、これまでと違って楽しく学校生活を送ってほしいなぁ。それで俺は嬉しいし。なんか俺も彩花ちゃんの力になれた事、すげぇ喜びを感じるんだよなぁ。んで、今日もあの連中らに被害に遭ってなくて済んでるし。それが何より嬉しいんだよなぁ。きっと、前までの俺なら出来なかった事だと思う』
遠真は、紙パックの牛乳をストローで吸引しながら、雲ひとつない綺麗な青空を見上げる。そして、一気に中身を飲み干した。
『……実はね、私、あんな日常が続くなら、もうやめたいって思ってたの』
遠真は、彩花の言葉を真摯に聞く。紙パックの牛乳を、ゴミを詰めたビニール袋に入れた。そして、軽く結んで傍に置いた。
『辛い辛いって、ずっと怯えてた。学校は登校する日になると寝れなくって、時計を見るたびに朝が憂鬱になって行くの。それが毎日続いてた。だからもう楽になりたいと思ってたんだ』
遠真はなんだかだんだんとシリアスな話ならなって言ってる事に気づいて、真っ直ぐ彩花に視線を向ける。この感じだと、恐らくあの話になるんじゃないかと察した。
『私ね』
『待って。その続きなんだけど、彩花ちゃん…』
唾を飲み込み、一呼吸置いた遠真は、彩花に真っ直ぐな眼差しで見つめる。
『自殺…しようとしてた。とか?』
しばらく沈黙が続き、彩花が目線を逸らす。そしてコクリと頷いた。
さっきの質問は唐突で、被害者からしてみると残酷な問いである。中にはそんな事言いたくない人だっている筈。しかし、彩花は素直に反応してくれた。
『そうだよ…。しかも、ここで…』
彩花は顔を上げ、前方にある網状のフェンスの方を真っ直ぐ見つめた。
『さっさと楽になりたかった。家に帰れば親が待ってるから、家では自殺なんてしようと思ってなかった。だからここ、学校の屋上から飛び降りてやろうって。それしかないって思ってた。ずっとずっとずっとずっと、そんな事ばっかり考えながら学校に通ってたんだ』
彩花がゆっくり立ち上がる。感覚が空いたあと、遠真がゆっくり立ち上がった。彩花のそばに立添う形で話を聞いた。
『誰も助けてくれる人がいないし、いつも怯えながら生活しなきゃいけないし、私はこのままの3年間を過ごすか、全て終わらせる為にここで死ぬか。それしか思い浮かばなかった』
『3年間って…この学校でずっと…』
彩花はコクリと頷く。
『実はね、私を虐めてたあの子達のリーダーが、私の幼稚園の頃からの幼馴染なんだ。あんな、私を痛めつけるような人じゃなかった。ずっと優しかった。大の仲良しだった親友。そう思っていたんだけど、高校生になってから変わった。一年の時に同じクラスになった途端、急にね。多分周りの影響かもね。いつの間にか私の存在なんかいらないかのようになっていたの。そして私を虐めるグループのリーダーとして、ずっと苦しめてきた』
『幼馴染が…』
遠真も話を聞いているうちに、彩花の悲しみと不安が入り混じる感情、そしてずっと仲良しだった幼馴染が虐めると言う現実に絶望感を受けた。
『もう…辛かった。独りぼっちだったから。何も信じられなくなったから…』
目の前で彩花が泣いているのが伝わる。彩花を苦しめてきた現実が、痛みが遠真の胸に突き刺さる。彩花の全てを失ってしまった悲しみと虚無感が、泣きながら遠間に話す彩花を更に悲しませる。それが遠真の胸を締め付ける感覚に苛まれる。
『そうだったのか…』
遠真は、胸を強く抑えながら彩花に返す。
−−−俺がこの子を守らなきゃ−−−
遠真は強くその思い受け止めた。そして、自分の使命の一つを見つけることが出来た。
すると、脳内からテテのノイズの効いた声が響き渡る。
『トオマ!大変だ。この近くに【クロックエリア】の気配を感じる』
『何!?わかった!』
彩花が遠真の方に振り向く。涙が溢れているのを自分で拭き取り、遠真に問いかける。
『遠真君どうしたの?』
『彩花ちゃん』
遠真は、彩花のまだ拭いきれてない涙をそっと親指で拭き取ってあげる。
『ありがとう。正直に言ってくれて。俺の力になれる事があるなら、その時はまた言ってくれ。それが彩花ちゃんのためにも、俺のためにもなるから』
そう伝えると、遠真は急いでその場を後にした。
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