第三章 救いたい人④

 アルバイトから帰る途中、遠真は今日あった放課後の出来事をつい思い出してしまった。遠真の中ではもう気にしていないのだが、明日の朝に必ず学校で出会うだろう。その時、どう接していけば良いものかと考えていた。


 『彩花さん。どう対応したらいいんだ?』


右手を顎に手をやり考える。


 『テテ。どうしたらいいと思う?』


『何が?』


 『今日の事さ』


 テテが脳内に話しかけてくる。遠真にとっては便利な事だ。わざわざテテ、と声を掛けるだけで勝手にテテと繋がって人がにいない場所でこっそりと話すだけでいいから。だが、周りには気をつけなければならない。死角に人が現れて、突然変な会話口調で一人で歩いていたら誰だって不審に思う。無線のイヤホンでもつけてないため不審者扱いされる事は十分にあり得るからだ。だから遠真は、普通のボリュームより低めで話す。


 『今日、彩花さんって人を泣かせちゃったのをまだ気にしちゃって』


 『いや、アタシは二人がどういう関係なのか理解したわけじゃないからなんとも言えないよ。でも、自分が悪い事したって思うならそっちから先に謝った方がいいと思う。向こうから話しかけてくるのを待つような無駄な事はお互いのためにならないと思う。積極的にどちらかが話しかけない限り、その問題は解決しないんだから。理由は分からないけど、先にトオマから謝罪の言葉を伝えてみたら?』


 『そうか。まぁ、イジメから解放されてよかったと思う。あれから自殺を図ろうだなんて考えは無くなるだろうし。もう、あんなの現実に起きるのはごめんだ』


 ポケット右手をポケットに仕舞うと、何か感触があるのを覚える。それを取り出すと、彩花に渡したハンカチだった。


 『俺から謝ろう』


『何?自殺って、あの子がそんな事する予知夢でも見たの?』


 『まぁ、見たっちゃ見たな。でも、あれがこれから起きる出来事なのかは分かんねぇ。ただの悪い夢なのかもしれないし。でも、なんだかそんなもので片付けられるような夢でもなかった気がするんだよなぁ。あのままイジメがエスカレートしてしまったら、その悪い夢が現実化してしまうかもしれない。だからそんなのは嫌だと思ったんだ。余計な事かもしれないけど、少なくとも俺が見た夢が現実に起きて欲しくなあって言う願望があった。今も正直怖いんだよ。そうなってしまわないかって。テテは、俺が見た悪夢を知らないのか?』


『いや、全く知らないなぁ。もしかして、【クロックエリア】に飲み込まれていた時にその夢を見たのか?』


 『そうだ。その時は意識は繋がってなかったのか』


 『アタシはひたすらトオマの名前を読んだ。意識から脱却して、外でずっとな。変な空間の中でトオマの事を必死で起こそうと声を掛けたけど、ビクとも動かないし、意識もない感じで。もうあの時はアタシも焦ったよ。トオマが死んじゃったんじゃないかって』


 『そうだったのか。じゃあ、俺の夢の中の出来事も分かりたくてもわかるまいな。まぁ話を戻すとだな、あの子が俺の目の前で自殺を図る夢を見た。俺は必死に止めたかったんだけど、逆にあの子の自殺を促してしまったんだ。』


『そうだったのか…』


 さっきまでのトーンより少し暗いトーンで脳内にテテが呟いていた。


『だから俺は何も出来ず、目の前の命が突然死んで消えてしまう事に恐怖を感じて。だから、そんな事起きてほしくないって思ったんだ。だから助けに行った。その時は何をどうすればいいかなんて考えてなくて、ただ助けなきゃって思ったから急いで彩花さんの元に駆け出していったよ』


 『確かに、何も考えてないとか言ってたねぇ』


『あぁ。まぁ、その結果なんとかなって助けられたし。彼女も一安心じゃないかな?さて、今日インスタントラーメンにするけど、テテは何味が好きなんだっけ?』


 『え?あぁ、急だな。アタシはあの黄色の文字が書いてあるやつだ。茶色の液体のやつ。ほんのり香ばしい香りと少し辛味のついたやつ』

 

 遠真は、テテの言ったメッセージを連想し、好きな味を思い出す。


 『あぁ、カレー味?あれ買ってきてないなぁ。家に残りがあったっけ?』


 『何?あれもうなくなってたんじゃなかったか?』


 驚きとショックが入り混じった声で遠真に問う。遠真も少し記憶を辿らせるが、もうすぐ家に着きそうなので、帰ってから探そうと言う判断に至った。



 いつも通りの時間。いつも通りの道。いつも通りの風景。今日も遠真の学校へ向かう道のりは、いつもと変わらない時のままである。

 遠真がいつも通う道には、寄りたい所など限られている。学校手前に存在する一件のコンビニのみ。そこで学食の側にある、パンコーナーのパンとセットで飲む紙パックの牛乳を買う。これがいつもの日常。本来学校の昼休みに牛乳なら購入出来る。だが、コンビニに売ってる物の方が遠真にとって相性がいい。だからいつも門に入る前は必ずと言っていい程、近くのコンビニで牛乳を買う。

 これも、いつも通りの風景だと思っていた。だが、今回はそうならなかった。


 『あっ…』


『あっ…』


コンビニの入り口の前で、昨日遠真が助けに行った彩花がいた。

 これは、偶然の出来事だった。いや、もしかしたら自分が気づいてないだけで、彩花も近くのコンビニをよく利用していたのかも知れない。

 遠真はそんな事を脳内に思い起こし、彩花に微妙な距離感と反応で手を振った。一方的ではあるが、挨拶を交わした。


 『よ、よう。偶然…?だねぇ』


『……』


『あぁ、なんか気を悪くさせちゃった?わ、悪い!そんなつもりはないんだ』


『い、いや。その…、こちらこそ、昨日はありがとうございました』


遠真の明らかに不自然な動揺に軽く冷や汗が流れ出す。それと同時に彩花に軽く謝罪を済ませるが、彩花も昨日の事についてお辞儀をする。お互いその場から数秒程立ち止まりながら、コンビニの中へ入ろうとしなかった。


 『その、急に私達がいた所に出てきて、私を、その、助けに来てくれたというかなんというか…』


『あっ、なんかごめんね、昨日。なんか急に現れてビックリしたよね。いや、なんかさ、その、イジメの現場をたまたま見てしまって。この前も階段ですれ違った時、なんか君の制服とかボロボロだったからさ。なんか助けなきゃって思って…』


 お互い気まずい時間が続いた。遠真は言葉を慎重に選びながら、彼女に心境を伝える。


 『俺、昨日やった事は変だと思ってる。なんの会話もした事ない男子がいきなり現れて粋がっちゃって。その後君が駆けつけて来てくれたのに、なんか泣かせちゃったのは申し訳ないって思ってる』


 素直に自分から謝ってみた。テテと話し合って、もし彼女と対面した時にはこちらから先に謝罪すると決めていた。そして今、遠真から軽く心境を伝えながら謝ってみたのだが、まともに彼女の顔を見る事ができなかった。


 『……、ううん。私、遠真君にお礼を言わなくちゃいけないって思ってたの。でも、突然訳もわからず涙が溢れてきてね、素直に感謝の気持ちを言えなかったの。それで遠真君にお礼が言いたくて、昨日ずっと考えてたの。どうすればいいのかなって。また出会った時、どう対応したらいいのかなって』


 『あぁ、別にお礼なんて求めてないし。俺が勝手にやった事だから。なんか変な感じだね、今』


そういうと、苦笑いを浮かべる遠真。そして彩花は、その表情を見て軽く頬を上げる。

 

 『おっといけない、このままだと遅刻してしまう。彩花ちゃんだっけ?今から買い物?』


 『うん。お昼ご飯だけ買いに来たんだ。あとついでに飲み物も買って行こうって思って』


 そしてようやくコンビニの中にお互い入って行く。


『へぇ、彩花ちゃんもここでお昼ご飯買うんだ。学校の昼食コーナーとかには行かないの?学食とか』


 その会話に少し黙り込む彩花。

 その時遠真は、やらかしたっ!と察した。そして勝手な考察を考えた。

 もしかして、イジメが日常で起きていた事で、誰とも昼食を食べる相手がいない。だからいつも、自分と同じ一人でどこかで昼食を済ませていたのでは?と。

 遠真の考察が終わり、気まずい時間が続く中、さっさと紙パックの牛乳を手に取る。


 『遠真君、いつもそれだよね』


えっ?と内心の焦りを隠しながらも返事をする。


 『ここに来て、それ買ってるの見かけるからさ。私、いつもここに来てるわけじゃないんだけど、たまに寄ったりするんだ。そしたらいつも遠真君がそれ持ってレジまで向かうのをよく見る光景だから、今日もそれなのかなって』


 『え?あぁ、まぁ…好きだからね、乳製品。俺、昔からお茶とかよりもこういう系統が好みで。でも、学校に売ってるやつはなんか違うなぁって思って』


 本心を伝えた。すると、さっきまでの彩花の表情が明るくなったのを遠真は捉える。


 『私、今日お茶買う予定だったけど、これにする』


 『え?あぁ、そうですか』


彩花は遠真と同じ紙パックの牛乳を手に取った。そして、パンコーナーのお惣菜パンを2つ程手にして会計へと並んだ。





 


 




 


 

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