第三章 救いたい人③

 ドアを勢いよく押し出し、やっと見つけた5人の女子グループ達の存在を確認する。真ん中には彩花と呼ばれる同級生の女の子が今から行われるお仕置きの儀式の生贄に置かれている。もうこの時点で、生贄の彩花は学校指定の制服は薄茶色い汚れで染まっていた。

ドアから現れた遠真に驚く苛めっ子達。一斉に出入り口のドアが開く音に反応する。


 『え?誰?』


 『あれって、前のクラスの遠真って奴じゃない?』


 『あぁ、学級委員やってくれてた奴?何しにきたの?』


 何やら自分のことをベラベラ話しているのが遠真には聞こえた。


 『何してんの?』


 遠真が5人に聞こえる声で問う。


 『何さ?センコーにチクんの?今アタシらがやってる事を?』


 『先に俺の質問に答えろ。何してんのって質問なんだが?』


 『別にいいじゃん。お前にはどうでもいい事だよ。お前こそ何しにきたんだよ。わざわざ証拠でも撮ってセンコーにチクるのかってこっちは聞いてるんだけど』


 遠真は真っ先に虐めの的である彩花に目線を向ける。そしてゆっくりと5人の元に近づいて行く。


 『トオマ。アンタ本気で助けるつもりな訳?』


 脳内に急にテテが話しかけてきた。だが、目線を逸らさず真っ直ぐと彩花の方に向けながら足を止めない。

 目の前の光景と自分が今やろうとしてる事が結果どうなってしまうのかはわからない。そしてこの後どうすればいいのかもわかっていない。だが遠真は、あの悪夢の事を忘れる事が出来ないからここまできた。そして、あの出来事を覆せるかもしれない可能性を求め今ここにいる。だから遠真は行動を止めることはない。


 『トオマ。お前どうする気なのさ?』


 『今考えてる。話しかけないでくれ』


 小声でテテにそう伝える。


 『なぁ?遠真君だっけ?カッコつけて正義感だけ一丁前に出してるけど、アンタコイツのなんなの?まさか彼氏とか?』


 恐らく苛めっ子グループのリーダーであろう、さっきまで可哀想なスマートフォンをいじっていた女子が問いかけると、一斉に笑い声だす。だが遠真はそんな事無視し段々距離を詰めて行く。


 『俺の質問の返答が出来ないあたり、頭が相当悪い連中のようだな。自己中で幼稚。一人じゃ何も出来ない…』


 遠真はリーダーであろう女子の方に指を指す。


 『自分の身の回りの物も大事に出来ないバカ共、と言った所だな』


そう伝えた遠真は、足を止める。

今度は可哀想なスマートフォンの方に指を指す。恐らく、苛めの状況をカメラに残そうとしていたのだろう。

 遠真は自分がやっている行動が挑発的であるとわかって、敢えて指を指した。

 遠真はこの時、妙な自信が湧き出ていた。今何者にも恐れない、自分を馬鹿にされても屈しないメンタル。そして、目の前の出来事を止めなくちゃいけないという使命感。この二つが遠真の背中を押している感覚だった。

 遠真の挑発に乗ったのか、苛めっ子全員が遠真を睨む。そして遠真もそれに負けない程の睨みを返す。しばらく両者の睨み合いが続き、彩花は解放されていた。


 『なんだお前?部外者が粋がってんじゃねぇよ!』


 『こっちが質問してるんだから答えろや!粋がり陰キャが!』


 遠真は少し睨みを緩める。馬鹿らしいと思ったからである。


 『先に質問したのはこっちなんだが?そこら辺の事も分からんのか?』


 『なんだアイツ!きっしょ。マジでイライラする』


 『マジで粋がってやがるわ。キモッ』


 すると、イライラした言動でグループリーダーらしき女子が遠真に近寄ってきて胸ぐらを掴みかかる。


 『アタシらの事おちょくってると、痛い目に遭うけど?覚悟出来てんの?』


 『バカだと思ったからバカだと言っただけだ。小学生、いや、5歳児くらいでもわかるような事だと思うのだが、アンタらにはそれが出来なかった。それが真実だろ?』


『やっぱおちょくってるよね?お前。遠真だっけ?お前の名前。しっかり覚えたかんな。アタシらがやってる事をセンコーにバラそうって言うなら、こっちも後でお前を後悔させることなんていくらでも出来る。なんなら今バラされる前にここで…』


『おい!お前ら何やってるんだ!』


 出入り口のドアから男の怒鳴る声が聞こえた。慌てて苛めっ子4人がその方に目線を向けると、そこには担任の教師がいた。遠真と同じ担任教師と別の教師二人がそこにはあった。


 『ヤバっ!センコー』


 そういうと胸ぐらを解く。

 3歩ほど身を引いた苛めっ子女子達に、その場で下を向きながら屈んでいる彩花。 

 教師達は遠真以外の全員の元に駆けつけて、こっぴどく何やら注意している。

 遠真はその場で微動だにせずただ何もない前を見ながら、軽く深呼吸した。

 

 『これでよかったのかな?』


 遠真はぼそっと呟いて、その場を去って行く。


 

 

 遠真は門から出ようとした時、後ろからいきなり声を掛けられた。その声は、何処かで聞いたことのある声だったため、反応が少し戸惑った。


 『あの!』


後ろを振り向くと、そこには彩花の姿があった。さっきの声は、遠真が見たあの悪夢の時に出会った彩花の声だった事に気づいた。


 『あの…さっきは…。あの………』


 『大丈夫…?いや、大丈夫じゃないないよね』


 明らかにあの4人に汚された制服を見て、大丈夫なんてことないという事実に気がついた遠真はゆっくりと彩花の元に駆け寄る。制服ポケットに律儀にハンカチを持っていた遠真は、そっと彩花の手元にハンカチを手に取りやすいように差し出す。


 『これ使ってくれ。別にいくらでも持ってるからこんなの。どう見ても今大丈夫じゃなさそうだし』


 すると、急に彩花の目から大量の涙がこぼれ落ちていた。素早く遠真から目線逸らし、下に顔を向け、右腕で涙を隠すように拭く。


 『ごめん…なさい…』


 『え?あの、ごめん。嫌な事思い出させたかも』


 『ごめんなさい!』


 そう伝えると、遠真の横を通り過ぎて行く。ハンカチも手にせず、何故か分からないけど謝った彩花はその場を逃げるように走りだした。

 その光景を、遠真はただ眺めることしか出来なかった。


 『え?俺、なんか悪いこと…』


 『トオマ。何泣かせちゃってんの。トオマ普段気づかない所でなんか嫌な事させてたんじゃない?』


 『えぇ!?俺が?いやだって、俺あの子と何も会話とかした覚えないんだけど。ほぼ初対面に近いし。あぁ、やっぱ嫌な事思い出させちゃたのかも。女って些細な事がきっかけで傷つきやすいって言うし、脆いものなのかなぁ、女心ってやつは』


 『いやいや、トオマって妹いるんでしょ?ある程度女心ってわかるはずでしょ?』


 『女にも色々個性があると思うんだよなぁ。あの子はどういう性格なのか全く分からんから、もしかしたらさっきハンカチを渡した事が原因なのかも。それで嫌な事思い出させてしまって…』


 テテと軽く相談をしながらもアルバイトに向かうが、せっかく一人の生徒を助けられたのに、女子のメンタルを壊した事に後悔し、気力が出ないまま門を出た。

 助けたのはいいとして、無理に気を使うのではなかったとずっと落ち込み続けた。軽くため息を漏らし、ハンカチをいつも入れている方のポケットにそっと仕舞った。


 アルバイト先には無理を言ってテレポートを使ってなんとか間に合った。淡々と支度を済ませてタイムカード入れると、通りすがりに先輩に挨拶を交わす。


 『おお!遠真!今日ちょっと人手少ないから助かるわ』


 『あぁ、どうも…』


 『どうした遠真。今日テンションいつもより落ちてないか?なんかあった?』


 休憩室にある縦長のロッカーの元に向かう二人。遠真は先輩に帰りに起きた事を手短に話す。一応、同じ男であるため、相談相手にピッタリだと思ったからである。


 『まぁ、遠真は悪くないだろ。お前は寧ろすげぇと思うけどな。イジメグループに一人で止めな行くなんてさ』


『でも後で帰る際泣かせちゃったのはなんか悪い事したっす。もっと他人のこと、特に女の子の事情とか理解してない俺だから、些細な事で嫌な事思い出させちゃったのかなぁって。女心って分からんものですねぇ』


 『いやぁ、話聞いてら限りお前は悪くないと思うんだけどなぁ。まぁ、いい勉強になったと思ってアルバイト頑張れよ。俺、上がるから』


 お疲れっすと声を掛けた後、遠真は一人きりになった。自分が持ってきた荷物全てロッカーに閉まったのを確認すると、急いで鍵を閉めてホールに向かった。


 『あーあ。せっかく人助け出来たと思ったのに。もうどうでもいいや。どうせ俺には女心なんてわかんないから、助けなんて出来ませんよーだ』


 そんな事ぶつぶつ言いながら、ホールにいるスタッフに挨拶を交わし、いつも通りの接客と仕事を始める。





 


 

 

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