第三章 救いたい人②

校舎のの出入り口の隣に自転車置き場がある。そこに数人の高校生が集団でたわいもない会話をしながら群がっており、自転車に跨がりさっさと帰ろうとしていた。校舎の壁に沿って真っ直ぐ並べられた自転車の奥に、一人誰とも群がらず隅にスマートフォンを弄りながら立っている女子高生が一人いた。

 今時珍しいストラップがガチャガチャと飾ってあるスマートフォン。明らかに重量が増し手に持つ際に重たいだろうに。しかもポケットに入れてたら絶対に何かの拍子に落としやすそう。

 茶髪の少しアレンジしたロングヘアーに両耳ピアス。若干肌が黒がかっている、ヤンキーのような立ち振る舞いだった。

 段々出口の門に近づいていき、その脇にいる女子高生に距離が近づいていく。チラッとその可哀想なスマートフォンを目にすると、カバーがボロボロで、買い直した方がいいと助言したくなるほどのものだった。ただでさえ今の状態で持ち歩くのは危ないその見た目なのに、スマホカバーは折り畳み式で画面部分を守るものではなく、明らか安めのクリアケースの身になっている。しかもカメラ部分の周りが明らか破けているような姿である。どう使用したらそんな風になるのか?

 この人は所有物を大事に出来ない人だろう。こういう人に自分の物を無闇に貸したくないなぁと察した遠真は、その女子高生を無視し門を出る寸前にいた。


 『彩花連れてきたよー。はーい、今日も可愛がってあげるからねぇ』


遠真の後ろから何やらさっきの女子高生の仲間だろうか、何人かがやたらテンション高く盛り上がっているのが聞こえた。何事?と思い後ろを振り返ると、5人程の女子達の姿がそこにはあった。その中の一人に思わず視界に入り、遠真は一度足が止まる。


 『さぁて、今日何してやろうか?彩花』


 集団の真ん中に、頭を掴まれながら無言で弄ばれている女子が一人。その周りを4人の女子達が囲い込み、妙に真ん中の生徒にしつこくいじっていた。よく見るとその真ん中の生徒、制服がボロボロに一部破けており、薄汚れた姿だった。


 『彩花。今日昼休み来なかったなぁ。なんでかなぁ?ねぇ?どうして?』


 『やめて!やめてよ!』


 両腕を掴まれた彩花という生徒は、ひたすら足をバタつかせ相手に近寄らせないように暴れる。


 『罰として、今日もお仕置きしてあげまーす』


そう言うと、先程まで可哀想なスマートフォンを触っていた生徒が彩花という生徒に思いっきり平手打ちを打つ。その後、強引に何処かへ連れて行かれていく。

 嫌だと言わず、暴れ続ける彩花という生徒を遠真はただ門から見届けるだけだった。


 『まさか…本当にイジメが?』


 遠真はその場で悩む。

 あの生徒は、以前廊下ですれ違った同じクラスの同級生。そして、以前クリーチャーとの戦いで見た悪夢の中で、投身自殺を図った子。遠真はその悪夢とさっきの姿を脳内で確認し、照らし合わせた。


 『本当だった…イジメが起きて…』


 そして遠真はふと脳内に嫌な出来事を連想してしまう。その出来事が本当なら今すぐなら止めないといけない。

 その出来事。それはあの悪夢で起きた投身自殺。彩花と呼ばれる生徒が悪夢で助けられず、屋上で身を投げ出すのを思い出す。それがもし現実になるのなら、その事実を知っているのは自分だけ。

 思わず遠真は門を出たばかりなのに、門に一歩足を踏み入れる。だが、その次の足が動かない。

 遠真には勇気が足りなかった。あの悪夢と同じように、無理に助けようとして結果最悪なケースになってしまわないだろうか?と。しかし、誰も助けられないという現実が今起きている。彩花という女の子の元へ向かうか、それともやめるか。遠真の頭の中に二つの選択が投げかけられる。

 遠真がこうして悩んでいるうちにも、イジメが起きているし、また苦しい目にあってしまう。でも遠真の身体は前へと動かないままである。


 『くそっ!なんでこんなのに出くわしてしまうんだよ!』


 誰もいない門で、愚痴を吐いた。


 『どうしたんだ?帰らないのかよ?』


 『帰りたいさ。だけど、帰っちゃいけない気がするんだよ。今』


 『え?だって今日バイトがどうたらこうたらって言ってたじゃん。またバイト先に遅刻ちゃうよ?トオマ』


 脳内で話しかけるテテに返事をする。


 『なぁ?またテレポートお願いしても…』


 『嫌だ』


テテは即答だった。その後浅いため息が漏れるのが聞こえた。


 『もしかして、あの子を助けに行ってたらアルバイトに遅れちゃうから、バイト先まで後からテレポートで移動して欲しいって事でしょ?』


 遠真の考えがお見通しのようだ。


 『あぁ、その通りだ。勿論勝手な話だって事くらいわかってる。けど、なんだかこのままアルバイトに真っ直ぐ行けないんだよ。俺の身体がなんだかわかんないけどこっちに向いてさ。さっさと終わらせてからダッシュで行ってもいいんだけど、そうもいかなそうなんだよ。俺の予想だけどさ』


 『トオマさぁ。あんた【クロックエリア】から現れるクリーチャーと戦う時は必死になるけど、こういう時はそんなムキにならないじゃない?前に【クロックエリア】に連れてかれた事と何か関係あるの?』


 『あぁ、大有りだ。俺も前までこんな事せず、イジメなんて起きたとしても見て見ぬふりして、自分は関わりたくないからという理由で避けてた。無闇に誰かを助けるなんてそんなボランティア精神など俺にはなかった。だが、今回はなんか違うんだ。もしかしたら俺みたいな奴でも誰かを助けられるかもしれないんだ。誰からも、今まで自分がいいように見られる事なんてなかったこの俺がだ、今俺しか出来ない出来事にでくわした。いや、出くわしてしまったんだ。このまま放っておいたら、それこそ俺の存在価値なんてなくなってしまう。そう思うんだよ』


 淡々と喋り終わった後、後者の方に目を向ける遠真。


 『じゃあ、今トオマはそのイジメられっ子を助けたいってなってる訳?』


 その言葉を聞いて、迷いを全て捨てた。


 『そういう事だな。だから俺は、俺は今からあの子の元に行く!』


 そう言って遠真は、ダッシュで彩花という同級生が連れて行かれた方へ向かう。

 向かった先は途中までしかわからないから、片っ端から教室の中が見える所は廊下から見渡す。型板ガラス製の窓は中がはっきりと見えないため、ゆっくり教室のドアを開けながら見渡す。みんな部活や帰りで誰もいないため教室の中は誰もいない様子。一階にはさっきいた人達の姿は見当たらなかった。

 今度は2階に向かう。まず廊下の端から順番にチラチラと中を見渡し、先程と同じ行動に出る。しかし誰もいなかった。

 そして3階に向かう最中に、廊下の角でバッタリと、荷物を運び終わったであろう上本詩穂と出会う。


 『あぁ、ごめん詩穂さん。あのさ、5人グループの女子達をこの辺で見かけなかった?』


 『5人グループ?見てないわ。どうかしたの?』


『そう。わかったよ。ごめんね、帰りの邪魔して。お疲れ様』


 そう言って遠真は軽く手を振ると、3階にはいないのかもしれないという考えに至り、急いで屋上に向かうことにする。

 いつも遠真が利用する階段を軽々と昇っていくと、上から集団の女子達の楽しそうな声が響いていた。


 『彩花さん!』


 名前を口に出して、遠真は階段を昇っていき、屋上に繋がるドアに向かって手を伸ばす。


 


 

 

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