第三章

第三章 救いたい人

 結局学級委員にさせられた…と思っていたが、1、2年の時に別のクラスで学級委員と副委員長のどちらかになりたいという生徒が積極的に立候補した事により、遠真は3年になってどちらも就くことがなかった。以前担任から言われたことを気にしていたことが時間の無駄だったようだ。あの時は、また自分が嫌な仕事を任されるとずっと気にしており、学校に行く足を運ぶ事に躊躇していた。いっその事、後一年で卒業なのに不登校になろうかと考えたが、そんな事せず嫌々学校に通い続けていた。

 しかし今回の件によって遠真の学校へ通う気持ちが少し楽になった。だから今年はクラスのみんなを無理してでもまとめようという面倒な仕事をせずに学校生活を生きられる。そう思っていた。

 だが、今何故か遠真は山積みの資料を抱えながら職員室に運ぶよう指示され、指定された教室へと足を運んでいる。


 『ご苦労様。堀江君。先生に言われた物はこれだけかしら?』


 遠真のクラスの学級委員長で、学年内で採石は常にトップ。更にはクラスの中で、異性から人気を誇るほどの美人マドンナであり遠真と同じクラスの『上本かみもと詩穂しほ』が遠真に問いかける。彼女は2年の頃に同じクラスだった事もあり、一応顔馴染みだけはしている。だが、話したことなどほとんどない。遠真の記憶の中には一年の間に5分も話した事あるだろうか程度である。恐らく向こうもその程度だろう。


 『えぇ、まぁ、一応僕が言われたのはこれだけです。ただ、運ぶだけでいいって言われたもんでして。俺、何か他にあるんすか?』


 『やらなきゃいけない?何その面倒臭そうな言い方は。一応、堀江君は学級委員をやっていた身でもあるんでしょ?その振る舞いは以前勤めていた者とは思えない態度ね』


 『いや、あの…。俺さ、自分からなりたくてなってたんじゃ無いんだよな。もう前の学年の時は小学生の頃からの同級生が無理矢理学級委員やら副委員長にさせられて大変だったからさ。俺は言っちゃったら悪いけど、こんな事ごめんだったんだよ』


 『ふーん。で?今はもう学級委員ではないからという理由で適当になった態度でいるって事ね。それえ以前のクラスも無茶苦茶なクラスになっちゃってた訳ね』


 まるで遠真の事を小馬鹿にしたような詩穂内心怒りが込み上がったが、眉間を寄せて睨む程度で済ませた。


 『あぁ、悪かったな。俺のせいで前のクラスが崩壊しかけて。学年内で優秀な成績で、クラスの異性から注目の的となって恵まれた環境で育ったあんたなら俺みたいにはならねぇと思うから期待しておくわ。残り一年よろしくお願い致しますねぇ』


 相手に不快な思いをさせるような振る舞いを見せた遠真は面倒くさそうにその場を去る。


 『遠真君』


 急に遠真に話しかける詩穂に、これまたうざそうに返事をする。


 『なんだよ?』


 『悪いけど、学級委員長ではなくなったからと言って以前のような仕事が自分には来ないと思わないで。貴方は先生から本来、学級委員や副委員を任される予定だったんだから。貴方は立場は違えど、また手伝って貰うわよ。いい?』


 『はぁ!?なんでなんだよ!俺もう何もしなくていいんじゃ…』


 『仕方ないじゃない。先生の判断でそうなったのだから。貴方は先生方からも期待されていた務めを放棄した。でも、先生方の評価は変わらないままらしいわ。だからこれは先生方の命令なのよ。堀江君』


 『うざっ!なんだよそりゃ。俺はボランティアやってるんじゃねぇから!俺、納得いかねぇから先生に文句言ってくるわ!』


 『あらそう。私は堀江君の邪魔をするつもりはないから好きにすれば?ただ、先生方の期待を裏切るようになるだけ。堀江君の信頼度が下がるだけ。私には関係ないことだから』


そう遠真に告げると、軽く笑みを見せた。

 遠真は軽く舌打ちした後、その場をさっさと出て行く。

 遠真は職員室に向かおうとするが、ズボンのポケットに入れてたスマートフォンを見ると、先生と話しをした後アルバイトの時間に間に合うかどうかを逆算する。そして今無理だと判断し、今日はやめる事にする。

 遠真が資料を運んだ教室は3階。さっさと帰ろうといつも頻繁に屋上へ向かう際に使用する階段を降りていく。そこで遠真はある事を思い出す。


 『そういえば…』


 ぼそっと呟くと、以前この階段でクリーチャーとの戦いの際に見た悪夢に出てきた、イジメを受けていた同クラスメイトの事を思い出す。この階段では出会った際、酷く制服が汚れていたのと、悪夢に出てきた時初めて知ったイジメられているという話。そのことが遠真の脳裏から思い浮かび、足を止めさせる。


 −−−イジメられている。あの悪夢が現実的にならなきゃいいが−−−


少し不安がよぎる。遠真の同クラスメイトがイジメが起きているということはみんな知っているのだろうか?止めようとする人間は何人いるのだろうか?先生方はこの問題にどう向き合っているのか?そもそも先生方はご存知なのか?様々な疑問が遠真を悩ませる。

 もしイジメが本当で、あの悪夢が起きてしまうのなら、止められるのはもしかして自分だけなのでは?

 その現実に対して、どう振る舞うべきか?悪夢の時は止めようとしたのだが、結果は最悪な形になってしまった。そのことを遠真は思い出す。すると、急に身体が重く感じるようになった。思わず足元に力が入らず、恐怖感を覚えた時のように変な悪寒が足元に流れ出しその場をふらつく。


 −−−急になんだ?落ち着け!俺。もうあの悪夢の事は忘れろ!考えすぎだ。大体、もう学級委員でもない今の俺には何も本気で向き合う事などもうしなくていいんだ。俺の務めじゃない。何一人で抱え込んでいる。もういいんだよ、もう…−−−


 しっかりとその場で踏みとどまり、頭の中をクリアにしようと、とりあえずは深くその場で鼻から空気を吸い込む。ゆっくりと口から吐き出して脳の中の情報を全て消去するイメージを思い浮かべた。ある程度マシになった所で階段を降りて行き、自分の教室に荷物が置きっぱなしであるため取りに向かう。

 教室の重くて硬いドアをゆっくりと開け、中を見渡すがやはり誰もいない。綺麗に列を成し、ズレなどなく並んだ机と椅子だけが視界に入る。自分の所の机の上には、いつも学校に持って行くカバンのみ置かれており、そこに早歩きで取りに行く。


 『あーあ。せっかく普通の高校生活を送れると思ったのによ。全く、結局はつまらないんだよなぁ…。今年も』


ぶつぶつぼやくと、カバンを手に取りだるそうに教室を出ていった。

 

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