第二章 過去と現実⑤
『トオマ。意識を戻して!お願いだから!』
そう叫ぶ声が聞こえた。声のトーンから女の声。そして聞き覚えのあるノイズ。脳内にその声の正体が誰かすぐにわかった。
『テテ……待たせたな。もうバッチリ覚めたぜ!』
勢いで瞼を開き、遠真は自分が真っ暗な空気の温度も何も感じない異空間にいる事を把握した。ゆっくりと鼻から空気を吸い込むと、身体中にぎゅっと緊張感を消すために力を入れる。そして力をゆっくり抜きながら、同時に息を吐き出す。
『トオマ。よかった。本当に無事戻ったんだね』
『テテか。お前が俺を呼ぶ声が聞こえたんだ。ありがとう。さぁ、クリーチャーをぶっ潰す!』
どこを見渡しても無限に広がる闇の異空間に身体が浮いている。さっきまでの悪夢がまだ続いているのではないかと頭の中でよぎったが、遠真は自分が今戦うべき敵が何なのかを理解し、さっきまでの悪夢のことを脳内から消し去った。
『テテ!クリーチャーはどこ?』
『上を見て!トオマ』
テテの言う通りに頭上を見上げた遠真は、巨大な手のクリーチャーを発見した。腕に力を込め、身体中に輝く戦闘時に現れるオーラの光を更に高める。辺りを照らし出し、敵の居場所を完全に把握した。
テテとの融合により、身体中に謎に湧いてくる力を感じとり、それは自分の感情や精神面に呼応しているらしく、遠真はそれを利用し戦おうとする自分の意思を心に固める。その影響により今、遠真の身体に溢れ出るオーラは更に光を増していくのだ。
『来い!俺にしか出来ない事。この世界を救ってやる!』
遠真の気力がどうやらテテにも伝わったらしく、遠真…と声をかけるのが脳内に聞こえた。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!これが俺の、世界を救うための力だぁぁぁぁぁぁ!』
力を昂らせる遠真。巨大な手のクリーチャーが遠真に向かって再び掴み掛かろうと、掌からひとサイズ小さめの手のクリーチャーが現れ、遠真に向かって襲い掛かる。だが、遠真は冷静に相手を見定めた。
『テレポート!』
そう叫んだ遠真はその場から一瞬で姿を消した。そして、いつの間にか遠真の身体は巨大な手のクリーチャーの手の甲に立っていた。
テテがテレポートを使って【クロックエリア】が出現している所へ移動出来たことを忘れていなかった。ここぞという場面で遠真はテレポートを駆使する。
『ノロマな奴め!』
そして遠真は拳を土台となってるクリーチャーの手の甲に向かって真っ直ぐにぶつける。力を込めた遠真の拳は炎のオーラを放っていた。更に全身の眩い光が更に眩しさを増す。そして、遠真が立っている地に穴が出来る。その穴は段々と広がっていき、遠真の足の踏み場のない状態になった。
本体のクリーチャーが段々と消滅していったが、先ほど分離した手のクリーチャーが遠真の脚を掴みどこかへ引きずり下ろそうと引っ張る。
『何!?うわぁぁぁぁ!』
遠真の身体は急降下し、どこか出口へと連れて行かれた。
再び目を開く。遠真が目を覚ますとそこは現実世界だ。【クロックエリア】の中から抜け出したようだ。
『ここは…。はっ!俺の世界か!』
今の現状を全て把握した。宙に上向きで浮いている遠真の身体をきちんと立たせると、【クロックエリア】が存在していたであろう空を見上げる。透明化しているのか姿が見えない。
『トオマ!後ろ!』
テテの急な声に反応して背後を見る遠真。そこにはさっき戦っていた手のクリーチャーが遠真を掴みかかろうと近づいて来た。だが、瞬時に遠真はその状況を確認し笑みを浮かべる。
『テレポート!』
瞬間移動をした遠真は掴まれるギリギリの所で姿を消した。
『便利なもんだなぁ、テレポートっていうやつ!』
そしてクリーチャーが遠真の姿を確認すると同時に追いかけてくる。
『テレポート!』
再び遠真の身体は消えた。今度はクリーチャーの丁度頭上に瞬間移動していた。そしてまた追いかけてきた。
『テレポート!』
遠真はクリーチャーがギリギリ掴まれそうな所で叫んだ。瞬間移動により、遠真を掴めなかったクリーチャーは再び探し出す。今度は下にいた。
『ヘヘッ。楽勝だなこりゃ』
『ちょっとトオマ。あまりにも使いすぎただって。テレポートはかなりのエネルギー消費だから、あまり使いすぎないで。使いすぎると戦闘パワーがなくなって融合が解除されちゃうから。アタシも今限界寸前だしさぁ』
『そうなのか?わかった!』
遠真は高速スピードでクリーチャーに向かって飛んでいく。だが、クリーチャーも真正面から掴みかかろうと襲い掛かる。遠真はなるべくテレポートを使わずに、クリーチャーの動きをギリギリの所で避けながら逃げていく。空中をジェットコースター並みの勢いで飛びながら、クリーチャーから追い付かれないように逃げていく。
その間に遠真は自分の拳に力を込め、隙が出来るのを待つのに時間を稼いでいた。
『よし!あいつのど真ん中に向かって突っ込む!』
クリーチャーと距離を空けることに成功した遠真は、先程までクリーチャーに背後から追いかけられていたが、相手との距離感と位置を確認するため後ろに反転した。全てを確認出来た遠真は、今度はクリーチャーに向かった突っ切る。
『はぁぁぁぁ!くらいやがれぇぇ!』
さっきまで捕まえようとしていたクリーチャーもグーの拳の姿になりスピードを上げて遠真に距離を詰めていく。
遠真は右拳を後ろへ持っていき、迫ってくる相手と距離を詰めながら力を込める。右拳から再び炎のオーラが現れるのを感じとり、クリーチャーに向かって勢いよくフルスイングする。拳と拳のがぶつかった。
クリーチャーとしばらく押し合いが続いたが、ここで遠真の相手への強い感情が身体中にエネルギーを注いでいく。そして遠真の拳が目の前のクリーチャーを貫通した。風穴を開けられた。穴は段々と広がっていき、跡形もなく消滅していった。その場から消滅した際の風圧が遠真の身体に吹き荒れる。風圧に背後から押された遠真は地面にそのままだと叩き潰されると感じ、即座に腕を前に交差させる。そして反射的に瞳を閉じてしまった。
しばらくして、遠真の身体は地面から数ミリ浮かんでいることに気付く。
『あ、危ねぇ。叩き潰されたかと思った』
ゆっくりと宙に浮いている身体を真っ直ぐに立たせ、地面に着地する。
『やったよトオマ。クリーチャーを倒した!』
空を見上げると、そこには【クロックエリア】がなく、薄い白色の雲が流れていた。
戦いが終わったと悟った遠真は少しばかりホッと息を吐き出した。
『やったぜ!』
クリーチャーを倒したと確信した。
すると、さっき見ていた悪夢を今思い出す。遠真は、自分の右手に目をやる。
『俺にしか出来ないことがある……か』
ぼそっと呟いた後軽く微笑む。
遠真は思った。あの悪夢はもしかしたらこの世界の真理で、俺に対するこの世界の訴えなのかもしれないと。だが、遠真はそんな世界を否定した。
『自分は存在価値がある。そうだ、俺は俺の信念を生きるんだ。それが、俺の存在価値になるから』
遠真は右拳を軽く握った。
−−−わかった気がする。例え世界が自分を受け入れなくても、俺にはこの世に存在する価値がちゃんとある。それをあの悪夢から見つけた。世界を救う事が出来る。世界を救うために自分はこの世界にいる。だから俺には、生きる価値がある−−−
そう確信した。
そして遠真はその場を去りながらテテに話しかける。
『なぁ、テテ』
遠真の身体からゆっくりと現れるテテ。
『どうした?さっきから変な事ぶつぶつ言って』
『いや、あれはただの独り言。それよりお願い何ある』
『何さ?』
遠真はパンッ!と両手をテテに合わせ、勢いよくお辞儀をする。
『テレポート…お願いします』
『えー。もうアタシのスタミナも限界だから少し休ませて』
『いや、後一回!これで今日最後にするからさ。もうやばいんだよ!』
『何が?』
遠真は自分のスマートフォンを起動させ、時間をテテに見せた。
『アルバイト…もう時間ギリギリなんだ。ここどこかわかんないから、テレポートお願いします』
『いーやーだー!絶対に嫌だ!テレポート使いすぎてアタシもうしんどい。まさかあんな秒で何回も使うなんて』
『いや、俺全く知らなかったんだよ。お前のスタミナがかなり消費されることとか。でも今テレポート使わないと間に合わない。あっ、ほらっ!後3分までにはタイムカード切らないとマズイって!ね?バイト先まで!それが嫌なら学校まででいいから!』
『嫌だと言ったら嫌だ!なんでもかんでもアタシの力に頼らないで!クリーチャーとの戦闘の時しか使わないで!じゃあ、そういう事で!』
テテは再び遠真の身体に吸い込まれていくように消えていった。
『えっ!ちょっと!待って!オイ!もうクリーチャーと戦わないぞ!なぁ、テテさーん!』
遠真は急いでスマートフォンのマップアプリを開く。そして現在地からアルバイト先までの距離を確認する。
『と、徒歩50分!?』
その場で呆然とする遠真。
『くそぉぉぉぉぉ!どうすりゃいいんだよぉぉぉぉぉ』
天高くそう叫ぶしか出来なかったのだった。
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