第一章 世界の終わり③
小汚い1LKの安いアパートに遠真が帰ってくる。ここの部屋が一番安く、コンビニやバイト先も近いから選んだ。学校から徒歩10分もかからないほどの距離にあるアパートは、いつも通り、溜まりに溜まったゴミと中途半端に残っている紙パックのミルクコーヒーやらお菓子の匂いで充満している。
玄関から靴を脱いで、両手に荷物を持っていては通りにくい細い通路をスタスタと通り歩く。
今日はお惣菜とか何も買ってないから玄関先の通路が通りやすい。そう感じた。
上に着ていた黒のパーカーを脱いで、いつもの普段着に着替える。
高校1年の時に、ここに引っ越してから購入した安い服屋で購入したジャージに着替え、そこらに散らかりっぱなしの漫画雑誌やお菓子を踏まないように通りながら、いつも寝ている布団の上に座り込む。
『ひぇー。なんじゃこの足の踏み場もない場所』
『俺の部屋なんですけど。ここ家賃がやたら安くて学生さんだと更にお手頃だったから選んだ場所何だよ。まぁ、ここしか学校から近い所はないし、少々小さいけど3年も暮らしてたらもう慣れた』
遠真は、布団の上の枕の横にあった、開封済みのポテトチップスをめんどくさそうに取る。そして袋の中を弄り、残りわずかな欠片を口に流し入れた。
『うぇー』
『そんなに不満なら他の所あたってもいいんだぞ。ここの上の階の人ならいっぱいいるし。そのかわり日雇い労働で来た外国人ばっかりしかいねぇけど』
『あのなぁ。レディを部屋に連れ込むのにこの有様はないんじゃない?』
『あ?レディなの?』
『当たり前でしょ!この姿を見てレディに見えないとか有り得ないっしょ!』
あっそうか。確か、融合?する前に人型の女性の姿が見えたような。だが、そんなことどうでもいい。俺に女を連れてくるほどのステータスなんてないし、そもそも異性と交流を深めたことなど、この高校に来てからはない。
中学の頃は一人彼女がいたんだけど、高校は別々になってその子の方が偏差値が高い所で、自分はそんな大した所じゃなく、親が元々通っていた普通科の高校。しかも地元より離れた所で、親の仕送りとかも全然来なくなった。完全に独り身の生活になっていた。
遠真は軽くため息をついた。
思えば、高校が遠方の学校に行ってるのも、親が行けと言われたのもあるが、なんせ妹2人のために面倒見切れないからといきなり一人暮らしを強いられた。最初だけ仕送りをもらったが、そこから半年ほど経って、2人の学費のことやらなんやらでもう完全に止まってしまった。だから俺はアルバイトをしている。本当にさっきまで行ってたファミリーレストランのアルバイトに。時給は高校生で約1300円程度。普通っちゃ普通。それを毎日稼いで稼いで、家賃やら光熱費やらで無くなっていって。
親に最初からお金を張り込んでもらえたと思ったら、生活する最低賃金と学費で必要な金くらい。無駄に遊びなんかで使える金なんてなかった。だから稼ぐしかなかった。
『楽しくない…』
遠真は、ぼそっとつぶやく。
昔から遠真は、こんな感じだった。2人の妹が出来てから、親の態度が変わっていった。
遠真が6歳の時、妹1人目が誕生してから一緒に学校のお迎えになかなか来てくれなかった。そしてもう1人目が翌年誕生してから更に遠真に対する愛情が少しずつなくなっていった。両親に頑張ってる所を見てもらうためにサッカーチームに所属して、辛いことが多かったけど、小学6年になって副キャプテンに任命される。そこから成果を出しても、いつもメンバーの人気だったのはキャプテン。
親は全然試合に見に来てくれず、チームが地区大会で優勝した事を言っても、そんなにいい反応せず、いつも妹達の事ばかり。妹達はピアノのレッスン、ダンス教室、簿記などいろんなことを積極的にやってた。この結果、遠真よりも成績が良く、テストではクラスで常に上位。それなのにも関わらず遠真は!と咎められてばかりだった。
中学になってからもサッカー部だったが、周りが上手すぎて全然自分なんかと格が違うことを見た。3年間続けたが、副キャプテンにもなれないただの部員。しかも後輩にも座を取られ、いつも中途半端な立ち位置だった。
一方成績はというと、これもイマイチ。学年の中の下の辺り。微妙なラインだった。
親から言われるのは、『なんで長男がこんななんだ!』や『妹達の方が全然マシ』などと比べられる日々。
そして高校からは、父親から厳重に言われたあの言葉を忘れてなかった。
『なぁ、遠真。お前の成績だともう行ける高校はここしかない。キッパリと学校を決めなさい!お前は長男なんだから。妹達の道標にならないといかん。だが、今後妹達の進路のことも考えると、お前がもしこの高校に行くのであれば、頼むが家を出てってくれ』
妹達の方が優秀で、自分にはこんなぞんざいな扱い…
遠真はなんとなく自分の過去を振り返りながら下を向き、ボロボロな穴の空いたジャージのズボンの裾を見つめていた。
『楽しくねぇんだよ…。何にも』
布団のシーツをぎゅっと握りしめる遠真。
『あ、あぁ。ごめん…。なんか気分悪くさせた?なぁ、悪い悪い。アタシなんかキツイ事言ったなら謝るって。ねぇ?』
『いや、謝らなくていい。俺はこんなやつなんだ』
えぇ?と返事をするテテ。テテは遠真にしばらく耳を傾ける。
『俺、昔から何を頑張ってもみんなから賞賛なんか得ること出来なくて。俺なんか、普段空気の癖にいきがった行動して、なんだこいつ?みたいな態度で接してくる。たまにすげぇ頑張って成果を出しても、温かい言葉をくれるやつなんかいなかった。みんな、俺以外の人間の前で笑顔。それでいて、幸せそうにしてるんだ。俺、一度誰かのために頑張ってみようと思ってさ、家族に笑顔になってもらおうと、サッカーで副キャプテンまで昇り詰めても当然!みたいな反応。まぁ、妹達の方が優秀だったからなぁ。クラスの人間からは無駄に頼りにされて、毎回給食当番の時重いものばっか持たされて、みんなは仲良く他のもの持ち合ってたり。掃除もさっさと終わらせようと一人で黙々とやってたら雑用扱いに変わるし。小学、中学の時も体育の時サッカーをやることあったんだけど、試合で頑張ったら相手から『加減しろ!』とか『カッコつけんな』とか言われて。それで加減したら『負けたらお前なせい』とかひどく言われて。だから俺は、【普段はただの空気。いざとなった時にしか使えない便利な道具】としか周りに評価されなかった』
遠真は 淡々と話を進めていった。
多分どれほど頑張っても、自分はその程度の評価しか見られないんだ。
遠真の話が終わって、テテはずっと上を見ながら話す遠真の顔の前にフワフワと浮かぶ。
『アンタ、頼りなるじゃん。サッカー?って言う遊び?で頑張ってたんしょ?それってみんなから凄く信頼されてる証じゃん!そりゃあ、あのクリーチャーも一発で仕留められるわけよ』
うんうんと頷くテテ。だが遠真は、また暗いトーンで淡々と話す。
『いや、大した評価じゃないじゃんか。俺、妹達がもし生まれてなくても親はおんなじ態度だったかもしれないし。小学生から中学までの約9年間だって、みんな俺の前では楽しそうにせず、ただの【物】みたいな扱いだし』
『アンタはただの【物】じゃあないよ。アタシ達が苦戦したあのクリーチャーを倒してくれた、大切な【人】だよ』
満面な笑顔を遠真の前で見せてくれたテテ。その笑顔をじっと見つめて、遠真はこう思った。
−−−俺の前で、こんなに笑顔でいてくれたの、今までいたかなぁ?−−−
なぜか遠真もその笑顔に乗せられ、少し表情が柔らかくなり、頬を少し上げる。
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