第3話ㅤたどたどしくも確かな1歩
ㅤ
ㅤ……。今、確かに、日本語……だった、よな。
ㅤ「僕は師走って言うんだ……よろしくね!」
ㅤ信じられなかったが、試しに日本語で自分の名前を言ってみた。
ㅤ「し……わす……?よろしく……ね!」
ㅤエスプルといった少女は、柔らかな笑顔で挨拶した。確かに今、師走と言った。最初、言葉は通じなかったはずなのに、どうしてだ?
ㅤ「なんで、僕の言葉がわかるの?」
ㅤ「私……スキル…………翻訳……なの」
ㅤスキル……。異世界転生のマンガを読んだ時にスキルやらステータスがあったような気がする。この世界も例外じゃないらしい。
ㅤ「スキル……あまり………使わない…………上手じゃ…………ない」
ㅤ「ありがとう。話せるだけで楽しいよ!」
ㅤエスプルはしょぼんとしていたが、僕の返答でほっとしたようだった。
ㅤそもそも見ず知らずの男に、こんな健気に手を差し伸べてくれるだけで、また涙が出そうだというのに、ほんとに暖かい。
ㅤ「しわ……す。この後……どう……するの?」
ㅤそう言われてみれば、考えてなかった。どうもこうも何も無い。重要なのは衣食住だろう。とりあえず、衣服は今来てるので、食物を探そうか。
ㅤ「とりあえず、何か食べ物を探そうかな」
ㅤ「私……一緒!食べ物……取る!」
ㅤよかった……。どうやら目的は同じようだ。見たところ、エスプルは小学校高学年くらいのイメージだが、もう採集を任されているのか。
ㅤこの世界の理をわかっていないが、まだ日も高く、夜まで時間がありそうだ。今の暖かい気候が続いているうちに食べ物を探そう。
ㅤ「しわす……!こっ……ち!」
ㅤ何もかもわからないので、エスプルについていくことにした。すると、かわいい足取りで森の奥へと歩き出した。
ㅤしばらくすると小さな脇道が現れて、そこにエスプルは入っていった。リュックを背負っている僕からすると多少狭い気もしたが、ここまで来ると冒険少年の気分で足取りが軽かった。
ㅤ「しわす!……ここ!ここ!」
ㅤ言葉が出なかった。こんな世界見たことない。見渡す限り、彩り豊かな植物が鮮麗に並んでいる。
ㅤ「しわす!……これっ!……はいっ!」
ㅤこれは――――――
ㅤエスプルがピンクの果物らしき果実を渡してくれた。いかにも皮が硬そうな果実だが、エスプルは器用に爪を立てて、必死に皮を向いている。
ㅤ「エスプル、それ貸してー」
ㅤ「……?」
ㅤリュックに入っていた文明の利器に頼ろう。筆箱からカッターナイフを取り出した。またしても、エスプルは興味津々なご様子。
ㅤ「なに…………?これ…………?」
ㅤ「これはナイフっていう危ないけど、便利な道具だよ」
ㅤ正確にはカッターナイフだが、そこはこだわらなくていいだろう。説明しているうちに、2つの果実を剥き終わった。
ㅤ「はい、これ、エスプルの」
ㅤ「しわす……!あり……がと!」
ㅤ「どういたしまして」
ㅤほんとに偉い子だ……。
ㅤ僕が小学校高学年の時なんて、「めんどくさい」が口癖だった。今から思えば、なかなかのクソガキだな……
ㅤそんなことはさておき、せっかくもらった果実を食べなければ損というもの。いただきます。
ㅤ――――――パクリ
ㅤ「うっまいっ!!」
ㅤ最初は爽やかな酸味が口に広がって、徐々に濃厚な甘みが酸味といいバランスを醸し出している。酸味があるおかげで食べ応えはあっても、くどくはない……
ㅤあまりの美味しさに、もう1つ……
ㅤ「しわす!だめ…………それ!」
ㅤ何も考えずに、今度はマンゴーのような色の果実を取ろうとして、エスプルから声をかけられた。
ㅤ「ダメってどういうこと……?」
ㅤ「それ……さわる…………どく!!」
ㅤあっぶねぇ……
ㅤ迂闊に果実に触れたら毒って、異世界の怖さを感じさせられる。怖いのはモンスターだけではないみたいだ……。
ㅤ「エスプル、教えてくれてありがとう」
ㅤ「ううん…………だい……じょぶ」
ㅤ気付けば、エスプルの持っていた木のかごは、様々な植物でいっぱいだった。みずみずしい果実は、さっきの果実の美味しさを思い出させる。毒は怖いけど。
ㅤ「しわす!つぎ……どこ……いく……ある?」
ㅤスキルの精度のせいで片言の単語になっているが、恐らく行く宛てがあるのか聞いているのだろう。生憎、旅人未満の僕には行く宛てがない。
ㅤ「うーん、どっか歩けば村とかあるかなぁ」
ㅤ「うーん…………。しわす!……くる!……くる!」
ㅤちょっと考えたあと、エスプルはかごを背負って僕の袖をひっぱりながら、ズンズンと15分ほど歩いた。
ㅤ「しわす!……しわす!」
ㅤ元気なエスプルはぴょんぴょんと飛び跳ねた。
ㅤ陽が射した。
ㅤ夕焼けが2人を照らす。
ㅤ目の前には、集落が広がっていた。
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