第10話 成金勇者フランと戦闘メイドのサクちゃんと鳥の介

 サキュバスを腹上死させた魔王として名をはせている俺ではあるのだが、そんな俺に挑んでくる勇者や魔王を全て返り討ちにしていることの方が世間では評価されつつあって少し嬉しかった。

 ただ、圧倒的な強さを見せてしまっていたがために、俺に戦いを挑んでくるものがめっきり少なくなってしまったことは誤算だった。一部では、俺は戦闘もベッドの上でも最強と呼ばれているそうなのだが、それを名誉と受け取ってしまっても良いモノなのか悩みどころではある。

 そんな中、俺に面会を求めてくる勇者がいたのだ。争いではなく話し合いで解決しようというのだろう。世の中にはいろんなタイプの勇者がいるので珍しいことではないのだが、話し合いの中で主導権を握っているのは勇者ではなく側にいるメイドと鳥人間だというのが面白いと思った。


「ですから、フラン様は頭が悪いので何も考えずに私達に任せてくださればそれでいいのです。フラン様が横から口を出されますと、まとめられるものもまとまらずに魔王アスモ様の機嫌を損ねてしまうかもしれないのですよ。フラン様は勇者という立場をお金で買っただけで勇者とは公的に認められていないのですから、本当に黙っていてください。ここで魔王アスモ様と何か契約を結ぶことが出来れば勇者として大手を振って凱旋することも出来ると思うのですが、フラン様が口を出されるとそれも叶わぬこととなってしまいますよ。それでもよろしいと仰るのでしたらどうぞお好きになさってくださいませ。私も鳥の介も契約が終わればそこまでだと思ってますので、本当にお好きになさってくださってかまわないのですよ。ただ、私達が契約を更新しないとなりますと、フラン様はこれからずっと一人で行動することになると思うのですが、何も出来ないフラン様はそれでよろしいとお考えでしょうか」

「わかったわかったよ。全部二人に任せるよ。僕が何かしたって良いことないって知ってるし、二人に全部任せるよ。でもさ、僕も一つくらい条件を出したっていいんじゃないかな?」

「今までそれで何度失敗したか覚えていらっしゃらないんですか?」

「そうだよ。フラン様は俺よりも頭が悪いんだから無理に目立とうとしないで大人しくサクちゃんに任せときなよ。俺もバカだから魔王を説得なんてすることは出来ないけどさ、そんな俺よりもフラン様はバカなんだから口出ししない方が良いと思うよ。ほら、この世界でもすでに三回くらい失敗して殺されかけてるんだからさ、大人しくしてようよ。俺だって助けるのが嫌だって言ってるわけじゃないしさ、その頻度がおかしいって思ってるだけだもん。だからさ、お願いだからフラン様は何も言わずに俺と一緒にサクちゃんを見守っていようよ。それが一番いいことだと思うからさ」

「そうですよ。フラン様はお金を稼ぐ才能しかないんですから余計な事はしなくて結構ですよ。それに、魔王アスモ様の御前でこんな醜態をさらしていること自体不興を買う事だと思いますし、フラン様は何もしないでください。出来ればなんですが、宿に帰って部屋で寝ててください」

「サクちゃんの言いたいことはよくわかるよ、でもさすがにそれは言い過ぎなんじゃないかな。そんないい方されたら僕も傷付いちゃうってもんだよ」

「別に私はフラン様が嫌いでそう申し上げているわけではないのですよ。ただ、本当に交渉事になるとフラン様の行動が邪魔で邪魔で仕方がないと申し上げたいだけなのです。今まで一度だってまとまったことは無いと思うのですが、なぜそれでお金儲けだけは上手なのか気になって仕方が無いです。ここに来る前はフラン様のお金を稼ぐ術が役に立つかもと思ったこともありましたが、魔王城を拝見させていただいたところ、我々が何かを提供する必要なんて何も無いという事がわかりました。よって、フラン様はここから先の交渉には全くもって必要無いという事が判明いたしました。鳥の介さんと一緒に戻っていてくださって結構ですからね」

「でも、サクちゃん一人で魔王と交渉するなんて心配だよ。もし何かあったらどうすればいいっていうのさ」

「その時は鳥の介さんと一緒に元の世界へ戻ってください。それ以外にフラン様が助かる方法は無いと思いますよ。ですが、元の世界に戻ったとしても確実に助かるとは言えませんがね」

「いつまでも魔王様を待たせるのも良くないし、ここはサクちゃんに任せて一緒に帰るよ。フラン様の心配もわかるけどさ、魔王様がその気だったら俺達はここでこうして呑気に話なんてしてることも無かったと思うよ。フラン様は気付いてないと思うから教えてあげるけどさ、魔王様の側近の魔物たちがいつでも俺達を殺せる準備をしてるんだよ。ほら、あの柱の裏にいるフクロウの人って明らかに俺とフラン様を狙ってるもんね」

「でも、魔王じゃなければお前たちは負けたりしないだろ?」

「どうでしょうね。鳥の介君はもしかしたら逃げることが出来るかもしれないけど、私は無理だと思いますよ。今生きているのも不思議なくらいのプレッシャーをかけられていますからね。だから、出来るだけ早くフラン様にはここから立ち去っていただきたいんですよ。これは私のワガママであると同時にお願いでもあるんですよ。一応、フラン様との契約はまだ終わってないですし、出来れば無事に家まで送り届けたいのです。その為にもここは私の言う事を聞いていただけるとありがたいです」

「わかったよ。じゃあ、最初の一時間だけ様子を見させてよ。そうすればちゃんと帰るからさ」

「あのさ、フラン様がサクちゃんの事を心配しているって気持ちはよくわかるよ。でもね、フラン様がそうやって心配して行動しようとすればするほどサクちゃんの交渉が失敗に傾いて行っちゃうんだよね。それはフラン様も今までの経験で学んでると思うんだけど、それを学べなかったんだとしたらココで死んだ方がいいかもしれないね。もちろん、俺もサクちゃんも一緒に死ぬことにするからさ、フラン様はそれでいいかな?」

「わかったわかった。一目だけでも魔王を見たいって頼んだのは僕だし、その姿も確認することが出来たんだから帰るよ。でも、三十分だけでもダメかな?」

「絶対にダメです。この時間が無駄だって気付いてください。私も本当に怒りますよ」

「いや、もう怒ってるよ。わかったから、もう帰るから。でも、絶対に無理はしちゃダメだからね。ほら、鳥の介も行くよ。それでは、僕はここで失礼させていただきます。本日はこのような場を設けていただいた事に感謝を述べるとともに、ここから先の交渉は私の代理人であるメイドのサクちゃんに一任してありますのでよろしくお願いいたします。サクちゃんの考えは全て私の考えだと思っていただいて結構です。魔王アスモ様にはご迷惑をおかけいたしましたが、サクちゃんは僕と違ってしっかりしているので不快な思いをさせることは無いと思います。なにとぞよろしくお願い申し上げます」


 勇者フランと鳥人間鳥の介は僕たちに向かって深々と頭を下げてから魔王城を去っていった。ほんの少ししか見てないし、会話らしい会話を交わしてもいないのだけれど、俺は勇者フランと何か交渉事をしても決裂する未来しかないように思えた。金を稼ぐ才能があるだけの勇者というのも面白そうだとは思って会ってみたのだが、本当に彼にそんな才能があるのかと疑問に思ってしまっていた。

 俺は別に金に困っているわけでもないし、魔王軍としても金銭的に問題を抱えているわけでもない。お金は別にあっても困りはしないのだけれど、この世界ではお金が無くても困ることも無いのだ。魔王なんだから略奪したくなった時にすればいいと思ってたりしたんだけれど、この世界にある王国が規模は違えど食糧や金品を上納してくれるようになっている事もあって困りはしないのだ。

 俺の圧倒的な強さゆえにこの世界では魔王アスモを討伐しようというよりも、力試しに挑んでくるような者しかいなかったりするのだ。他の世界からやってくる勇者や魔王もいるにはいるのだが、その数はそこまで多くも無いので俺が誰かと戦うのが一種のギャンブルとして成立してしまっていることもあるのだ。もっとも、そのギャンブルはどちらが勝つかというものではなく、俺に挑んでどれくらい生きていられるかというものだったりするのだが。

 今回も勇者フランがどれくらい生きていられるかという賭けが行われてたりもしたのだが、メイドの機転によってなのか勇者フランは俺と戦わずに去ってしまった。この場合は賭けが払い戻しになるのかあとで聞いてみよう。俺や魔王軍のモノはギャンブルに参加することも無いし、その分け前をいただく事なんてないのだけれど、みんなその結果でどれくらい儲けた人が出たのかは気になるところなのだ。


 勇者フランが去り、俺の目の前にいるのはメイド服なのに動きやすそうな格好をしたサクちゃんだけなのだ。俺が話しかけようとした時にはすでに俺の横に移動していたのだが、油断していたこともあって俺はその動きを目で追うのがやっとだった。

 サクちゃんが高速で移動している間に俺と目が合っているのに気付いたからなのか、俺の隣に移動してきたときにはさっきまでとは違って柔らかい表情になっていたのも印象的だった。


「魔王アスモ様にはこのような場を設けていただきまして、いくら感謝の言葉を述べても足りないくらいです。ですが、それと交渉事は別の話とお考えいただけるとありがたいです」

「もちろん。そこは気にしなくていいよ。金儲けが得意な勇者ってのが気になってただけだし、良ければその辺を教えてもらえると嬉しいかな」

「実は、お金儲けのカラクリは私どもには理解出来ない話なんです。先ほどのやり取りを見ても思うところはあったと思うのですが、なぜか大金がかかった話し合いになるとフラン様は失敗を一切しなくなるのです。その代わりなのかわかりませんが、普段はあのような感じでフラン様が何か言おうとすると失敗する確率が上がってしまうのです。ですので、その方法は私にはわからないという事だけ覚えておいてください」

「別に俺はお金が欲しいわけじゃないんで気にしないけど、君は勇者フランの代理人として何を望んでいるのかな?」

「そうですね。勇者フラン様としては何か目に見える成果物が頂けるとありがたいです。例えば、勇者フラン様の存在を認めてくださるという書状なんていただけるといいですね」

「それくらいだったら構わないけど、俺はこの世界の文字を書くことが出来ないんで代理のモノに描かせることになるんだけど、それでもかまわないかな?」

「もちろんです、口頭でもかまわないのですが、文章にしたためていただけるとよりありがたいです。それと、これは私の個人的なお願いなのですが、私と一晩お付き合いいただけると嬉しいです」


 サクちゃんは常に俺の腿を触りながら話していたのだが、そう言う意味でも勇者フランを帰したかったのだろう。俺は女性が恥を忍んでいっていることを無碍に扱う事なんてしないのだ。俺は二つ返事で答えると、サクちゃんは潤んだ瞳で嬉しそうに俺の顔を見上げていた。


「ありがとうございます。かつては夜の女王と呼ばれたこの私も今まで習得してきた全てのテクニックを披露したいと思います」


 サクちゃんの目つきはメイドというよりも、獲物を見付けた雌豹のように見えてしまったのだが、それは俺の気のせいではないだろう。隣にいたフクロウが本気で怯えているのも気になったが、その気持ちは少しだけ理解出来たのだった。

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