第7話 快楽殺人鬼勇者
魔王としての実績を積み重ねていくとそれに比例して強い勇者が挑んでくるようになるそうなのだが、究極極楽モードを選択してしまったという事もあって俺は特に何の感情も無く戦闘もただの暇つぶしでしかなくなっていた。いや、何もしなくても俺が勝ってしまうという状況は暇つぶしにもならないのだと感じ始めていた。
魔王アスモという名もそれなりに浸透はしてきたようなのだが、世間の俺に対する評価というのは俺が思い描いていたようなものとはかけ離れているように思えた。俺のやってきたことが悪いと言われてしまえばそれまでなのだが、俺は女性をこの世の天国へと導く性の伝道師として名を轟かせてしまっていたのだ。それが原因なのかはわからないが、魔王城に見学に来る非戦闘要員がものすごい勢いで増えてしまっていた。
さすがに俺が物見遊山で来ている者達の相手をするわけにもいかないので交渉事が上手い魔物を数体担当にして対応を重ねているのだが、そう言ったこともあって一般の非戦闘員たちは魔物を恐れることも無くなってきたように思えた。
それでも、週に何度も勇者が戦いに挑んでくることはあったのだが、圧倒的な力の前に全ての勇者は消え去ってしまうのだ。そんな戦いも彼らにとってはちょうど良い娯楽となっているのかもしれない。ただ、俺が圧倒的に強すぎてしまうので勇者サイドを本気で応援しているような人がいなくなっているのはどうなのだろうと感じてしまっていた。
そんなある日、何時もとは毛色の違う本当に勇者なのだろうかと思えるような男が俺に戦いを挑んできた。力を見る限りでは最近戦った勇者たちの中で飛びぬけた強さを持っているわけではないようなのだが、その中に秘めたる殺意は今まで喉の勇者と比べても鋭く危険な香りがしていた。俺の周りにいる魔物も最近はそう言った感情から離れているという事もあったので気を抜いていたようなのだが、その勇者から発せられる凶悪で残忍な殺気を感じ取った瞬間に魔物本来の眼光が宿っていたように見えたのだ。
「お前が魔王アスモだろ。俺はちょっと選択を間違えて勇者をやってるものなんだが、俺もそっちの仲間に入れてもらえないかな。俺の力はその辺にいる魔物よりも役に立てると思うぜ」
「お前は勇者なんだよな。なんで勇者であるお前が魔王であるこの俺の仲間になりたいと思うんだ。俺にはそれが理解出来ないんだが」
「別に俺はあんたの仲間になったふりをして寝首をかこうっていうんじゃないんだ。どちらかと言えば、あんたの代わりに勇者なり王族なりを殺して回ってやろうって言うんだよ。俺はよ、別に心から勇者になりたかった訳でもないんだ。どっちかって言うとあんたみたいに魔王になりたいと思ってたんだ。でもな、俺をこの世界に呼び寄せた糞女の口車に乗せられて勇者になってしまったんだよ。俺みたいなやつでもこの世界で人の役に立てるって言われたんだ。俺は自分が今までやってきた事をいまさら後悔することなんて無いはずなんだが、あの糞女の言葉を聞いて一瞬心が揺らいでしまったんだ。今ではそれが間違いだって気付くんだが、死んであの女の前に戻されるとそんな気持ちがどこかへ消え去っているんだよ。だからな、俺は死なずにこの世界で多くの人間を殺そうと心に決めたんだ。それにはよ、最強の魔王であるあんたの側にいればいいんじゃねえかって思ってよ。俺がいろんなやつを多く殺してやるから、あんたは今まで通りに襲ってくるやつだけを殺してくれればいいんだ。あんたみたいに絶対的な強さを持ってる魔王なんて今まで一度も見たことが無かったし、さすがの俺もあんたと戦う事を本能レベルで危険だって感じているんだ。だからよ、あんたの側に置いてくれよ。絶対に役に立って見せるからよ」
「そんな事をしてこの世界に勇者が現れなくなるのも困るんだがな」
「その点は大丈夫だぜ。この世界に降り立つことの出来る勇者の制限が撤廃されたからな。あんたが強すぎるせいでそうなったようなんだが、あんたに挑む資格も無いような連中は俺が殺してやるからよ。なあ、悪い話じゃないよな?」
「確かにそうかもしれないが、なんでそこまで殺しに拘るんだ?」
「そりゃよ、人を殺すのって何事にも代えがたい興奮があるだろ。俺は元の世界でもそうだったが、この世界でもその衝動を抑えきれないんだよ。でもな、この世界の住人の命の価値が軽すぎるんだ。俺がすれ違いざまに殺した町人も振り返った時には生き返っていたし、殺したはずの王様だって何事も無かったかのように次の国王が即位していやがったんだ。この世界の住人はいくら殺したってすぐに変えが補充されてるんだよ。そいつらと違って俺達は一度死んだらあの場所に戻されるってわけだ。そんなの不公平じゃないかって思ってたんだが、逆に考えてみると勇者なり魔王であればちゃんと殺すことが出来るんじゃないかと思ったんだ。結構前の話だが、俺の隣の部屋に泊まっている勇者に声をかけて魔王討伐に向かうことにしたんだ。ここに来る途中でそいつの首をはねてみたんだが、首が胴体から離れて少し経つとそいつの体はどこかに消えてしまったんだ。でもな、そいつの体は全部消えてしまったけれど、俺の手にあいつを殺したっていう感触がしっかりと残っていたんだよ。その感触を忘れないためにも定期的に勇者を殺していたんだが、そんな事をしなくてもあんたの側にいればいつでも勇者の方から足を運んでくれるんじゃないかと思ったわけだ。どうだ、俺を側に置いておいても後悔なんてしないと思わないか?」
「俺にはそんな気持ちは理解出来ないんだが、お前の欲求を満たすためにお前を俺の手元に置いておくのは危険な感じがするんだよな。俺はお前と違って積極的に人を殺そうとは思わないし」
「そんな綺麗事はやめようぜ。あんたも俺と一緒で元の世界にいた時から人を殺しまくってたんだろ。あんなに無慈悲に攻撃を繰り出す奴なんてまともだなんて思えないぜ。あんたの戦い方は俺みたいな無作法な人間が行うものとは違って芸術としか思えないんだ。世界中でそれを理解しているのは俺だけだと思うし、そんな俺を手元に置いておくことも損は無いと思うぜ」
「そうは言ってもな。俺は別に戦う事に飽きたわけではないし、お前が仲間になろうがなるまいがどっちでもいい話なんだ。お前を仲間に入れることにメリットなんてないようにしか思えないのだがな」
「そうかもしれないが、俺も過去の経験をいかしてすぐには死なない殺し方はいくつか知ってるんだぜ」
「過去の経験って、この世界に来る前の世界の話か?」
「ああ、そうだぜ。俺は元の世界で多くの人間を殺してきたからな。俺は博愛主義者で男女平等の精神を大切に掲げているんだが、俺が殺してきた人間は老若男女問わずだ。そのほとんどがいまだにバレていないっていうのも面白いだろ」
「そんなにたくさんの人を殺していたんだとしたら、俺もお前の名前くらいは知っているかもしれないな」
「そうかい、知っててくれると嬉しいんだが、どうだろうな。一時期騒がれていた東京と埼玉で起きていた失踪事件の犯人は俺なんだよ。警察は俺の尻尾も掴めなかったようだが、俺は顔も見たことが無いような男に殺されたのを急に思い出してしまったぜ。そいつに殺されたおかげなのかこの世界に来ることが出来たんだが、なんで俺があんな素人同然のやつに殺されたのかいまだに納得がいってないんだ」
「お前がどのように死んでこの世界にやってきたのかなんて興味無いし、俺はお前を側に置いておこうっていう気もサラサラ無いんだ。お前を身近においても何もメリットが無さそうだしな。お前の提示しているメリットなんて、俺にとっては何の意味もないモノでしかないからな」
「そうは言うけどよ、お前だって人を殺す快感に憑りつかれているんだろ。そんなに強いんだから俺の気持ちを理解してくれるよな。だからよ、俺と一緒にこの世界にいる勇者共を全員殺してやろうぜ」
「悪いけど俺にはそんなつもりはない。それに、俺は人を殺すことで快感を覚えた事なんて一度も無いんだ」
「嘘だ、そんなに強い力を持ってるくせに殺しに興味がないなんておかしいだろ。そんな事を言わずに俺と一緒に勇者を殺して回ろうぜ、何人か殺したら殺しの気持ちよさも理解出来ると思うし、何だったら全員のとどめをあんたが刺したってかまわないぜ。なあ、考え直して勇者を倒しまくろうぜ」
「俺が勇者と戦うって事は、お前とも戦うことになるんだが、それも理解しているのか?」
「ああ、理解しているぜ。でもな、俺は何度殺されようが何度でも蘇ってあんたの前に戻ってくるよ。だから、安心してくれていいんだぜ」
俺は勇者の言葉を最後まで聞かずに無意識のうちに命を奪っていた。それは戦いなんてものではなく、かといって虐殺とも言えないような、自然な流れで命を奪っていた。全く意識していなかったのだが、こいつと話していることに俺自身が何らかのストレスを抱えていてしまったのかもしれないと思ってしまった。
「あの、勇者様とのお話しって終わりました?」
「終わったというか、終わらせたというか。何か俺に用でもあるの?」
「えっと、私はあの勇者様と何の関係も無いんですけど、魔王アスモ様に抱いてもらう事って出来ますか?」
「俺に?」
「はい、色々と噂は聞いていまして、どんな風になるのか経験してみたいんです」
「別に俺は構わないけど、死んじゃうかもしれないよ?」
「死んじゃったとしても、それはそれでいいと思います。今まで一度も気持ちいいって思ったことが無いので、お願いします」
「じゃあ、明日の夜に町まで行くよ。それでもいいでしょ?」
「え、来てくださるんですか?」
「うん、たまには場所も変えたいなって思ってたからね」
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