第5話 狂った勇者マサオミ

 新しい勇者がこの世界にやってきたようなので会いに行ってみたのだが、なぜか街の住人は勇者ではなく魔王である俺に助けを求めてきた。


「なあ、あの勇者は頭がおかしいんだ。この国に突然やってきたと思ったら、いきなりこの国の王を殺そうとしやがったんだ。いくら魔法で生き返らせることが出来ると言ったって、いきなりそんな事をするなんて頭がおかしすぎるだろ。こんな事を魔王のあんたに頼むなんて俺たちまで気が触れてるって思われるかもしれないけど、さっさとあの勇者を殺して別の勇者をこの世界に呼んでくれよ」

「別に勇者を殺すのは構わないんだが、本当にそんな事を頼んでいいのか?」

「かまわないよ。何せ、王様からのお触れが出ていて、魔王を見つけ次第勇者の討伐をお願いしろ。ってなってるからな。なあ、あんたは前にいた勇者を赤子同然にやったっていうし、そんだけ強いんだったら楽勝だろ。それによ、俺は聞いてるんだぜ。あんたは勇者の連れの女をさらってこの世のありとあらゆる快楽を教え込んだってな。俺が女だったらそんな目に一辺くらいあってみたいもんだがな。おっと、そんな事を言ってると勇者様がやってきたみたいだぜ。腐っても勇者、魔王を感じる嗅覚だけはあるみたいだな」


 俺は逆光の中たたずむ一人の男を見上げたのだが、その表情を確認することは出来なかった。強そうなのか弱そうなのかはわからないが、その男は俺を見付けると嬉しそうに高笑いを始めていた。


「おいおいおいおいおいおいおいおい、魔王が自らこの俺様にやられに来たぞ。勇者を一人やったみたいだけどな、俺はその辺のなり立て勇者と一緒にするなよ。聞いて驚け、俺様は今まで四十体以上の魔王を倒してきた世界を転移しまくっている勇者様だ。それだけの魔王を倒してきた俺様はすでに能力値は人間の限界をはるかに超えているんだ。魔王だって神だってなんだって俺様の手にかかれば一瞬でお陀仏ってわけだ。さあ、お前みたいな三流魔王はどんな死にざまを見せてくれるのか楽しみだな。その前に、ソコのお前。さっきその魔王に俺様を倒せとか言ってたよな。それって、どういう意味か言ってみろ」


 いつの間にか魔王は俺の横を通り抜けて俺に勇者を殺せと頼んできた男の肩を掴んでいた。掴む力が強いのか、男は言葉を発することが出来ずに呻き声をあげているのだが、勇者の質問に答えない事が癇に障ったのか、勇者はその男の肩を握ったまま左手で思いっきり男の顔を殴りつけた。

 物凄い音をたてながら男の顔は曲がってはいけない方へ曲がってしまったのだが、勇者は悪びれることも無く俺を睨みつけてきた。


「やっぱり魔王ってのは糞だな。魔王なんかに絡むからこいつは死んでしまったんじゃねえか。だが安心して欲しい、こいつの仇は間違いなく俺がとってやるからよ。さあ、正々堂々と戦おうや」

「正々堂々戦うのはいいけど、そいつを殺したのは俺じゃないぞ」

「てめえは魔王のくせに人のせいにしようっていうのか。そんなのは許せねえぞ。もとをただせばてめえが原因なんだからてめえが殺したってことで良いんだよ。言っておくが、てめえは俺様のスピードについてこれないし、俺様のパワーにも耐えることが出来ない。魔王を選んだ自分の不幸を呪うんだな」

「魔王を選んだって知ってるって事は、お前も勇者じゃなく魔王になろうとしたのか?」

「そんなわけねえだろ。誰がやられるのをわかってて魔王なんてやるんだよ。俺様は世界最強の勇者を目指してるんだよ。お前みたいな三流魔王なんか相手にしている暇なんて無いんだが、お前を倒さなきゃ俺様は次の魔王を倒しに行けないんだよ。だから、さっさと死んでくれや」

「ちょっと待ってくれ、勇者は魔王を倒したら終わりなんじゃないのか?」

「そんな事はねえよ。お前は魔王の事しか知らねえのか。まあいいや、お前は俺様に殺されるんだからそんな事を気にする必要も無いって事だ。大人しく死ね」


 なるほど、デカい口を叩くだけのことはあってその攻撃の早さは俺の目で追うことは出来なかった。一体どこを殴ろうとしているのか皆目見当もつかないのだが、究極極楽モードのお陰で俺はその攻撃を全て回避することに成功した。何度か当たりそうにはなったのだが、人間では到底無理な角度に体を旋回させて回避することが出来ていた。

 勇者は何度も何度も攻撃を繰り返しているのだが、その攻撃を全て俺が回避していることに明らかに機嫌が悪くなっており、徐々に攻撃が早さよりも力強さにシフトしているように思えた。だが、そんな攻撃も当たらなければ何の意味もないのだ。


「てめえが、避けるのが上手いというのは分かった。だが、てめえは避けるだけで精一杯だ。そんなてめえが避けられないような範囲の広い攻撃をお見舞いしてやるぜ。光栄に思え、俺様が普通の攻撃ではなく必殺技を繰り出すのは魔王二十人ぶりだからな。この世界の一部が壊れたって俺様には関係ないし、てめえを殺すことの方が重要だからな」


 言っていることもやっていることも勇者らしくはないのだが、一応あれでも勇者なのだろう。それにしても、この勇者は仲間がいないのだろうか。もしも、仲間がいないのであればこの勇者に色々としないといけないという事なのか。それだけは避けたいところであるが、そうなった時は適当にその辺の女の子でも連れ去ることにしよう。魔王なんだからそれくらいは大丈夫だろう。

 俺の意識が勇者から一瞬逸れてこの町の住人を見ていたのだが、意外とこの町は若い女性が少ないようだ。それに、食生活が良くないのか栄養が行き届いていないような人ばかりなのである。それはちょっと良くないな。


「てめえはどこ見てやがるんだ。俺様がてめえを一撃のもとに屠ってやる」


 そう言えば、魔王として勇者と戦っていたところだったというkとを思い出したのだが、それを思い出した瞬間に勇者の攻撃が俺の顔面にクリーンヒットした。

 痛くは無いんだけど、いきなり顔を叩かれるのは驚くので今後は控えていただけるとありがたい。勇者の攻撃が初めて俺にヒットしたのだが、俺には当然ダメージは入っていないし、周りに被害が及ぶことも無かった。


「化け物かよ。こんなに綺麗に入ったのに微動だにしないなんておかしい。こうなったら、俺の連続技を一式から七式まで叩き込んでやる。そのままそこから動くんじゃねえぞ」


 勇者は何かの構えを繰り返していた。おそらく、その構えが七種類あるのだろう。いったいどんな技が飛び出してくるのだろうと思っていたのだけれど、ただのパンチと蹴りが七回ずつ繰り出されていたのだ。きっとまともに食らったら大変なんだろうなと、俺に攻撃が当たるたびに発生している衝撃波を見ながら考えていた。


「七式まで終わったかな?」

「うるせえ。なんで、一発も決まらないんだよ。ちゃんとまともに入っている感覚はあったのに、何で倒れてねえんだよ」

「それは、単純に力の差ではないか?」


 俺の言葉を聞いた直後は怒り狂っていた勇者ではあったが、ふと現実に戻ってみると、俺が言っていることは決して大げさな事ではないんだと気付くことが出来た。だが、それに気付いたところで、この勇者が今何か出来ることも無いというのが現実なのだ。俺がこの勇者を攻撃しようと思えば一瞬で終わらせることも出来るのだ。

 そんな簡単に終わらせるような事はしないのだが、この世界の仕組みと魔王や勇者の関係性を聞くとこが出来ればそこまででもいいだろう。まず最初に何を聞くべきか、それが悩みどころではあるのだけれど、そんな事に悩んでいる暇はないし適当に聞いていくことにしよう。


「あれ、マサオミって今までたくさんの世界を救ってきた勇者なのに、まだ勝負がついていないわけ。ちょっと信じられないんだけど。あんなに自信満々で出ってたのに、なんかカッコ悪いな」


 突然現れた勇者の仲間である女にみんなの視線が注がれていた。今までいなかった人が急に出てきて話し始めれば誰でも注目してしまうだろう。もちろん、俺もその注目していたのだが、視線が勇者から逸れた隙をついて勇者は一目散に逃げだしてしまった。

 勇者の逃げ足は光よりも早かったのだが、俺はその動きよりも早く動くことが出来た。あっという間に勇者を追い抜いたのだが、勇者は俺が横に並んだ瞬間に驚いてしまったようで、体勢を思いっ切り崩して転んでしまったのだ。とんでもないスピードで移動している時に転んだので衝撃は物凄かったらしく、勇者の体は地面に擦れた部分が綺麗にすり下ろされた状態でなくなっていた。

 一応生きているかの確認をしてみたのだが、うつぶせの状態から仰向けの体勢に動かしたところ、本来そこにあるはずの肉や内臓は綺麗に削げ落ちており、勇者が転んで滑っていた床にはミンチになった肉片がこびりついていたのだ。


 これでも生き返れるのかなと思ってみていたのだけれど、勇者は蘇生されることを拒んでいたようだった。勇者の連れの女に聞いたのだが、勇者は死んだ世界で生き返るか、他の世界で一から勇者としてやり直すことを選べるとのことだ。

 死んだ勇者が蘇る際の注意点なのだが、死んだ世界で蘇ることを選択すると能力値はそのまま引き継ぎになるそうなのだ。死んだ世界とは違う別の世界で蘇ることを選択した場合は、頭の中に今までの経験は残っているのだが、能力などは最初に勇者になった時点まで戻されてしまうらしい。普通は能力が無くなることなんて選ばないと思うのだが、勇者マサオミは俺の前から逃げ出したというわけだ。


「ああ、勇者マサオミが能力を捨ててまでこの世界を拒否するって、あんたはどれだけ強いんだろうね。正直に言って、こんな日がいつか来るんじゃないかなって思ってたけど、全てにおいてあんなに圧倒されるなんて思っても見なかったな。でも、マサオミがあんたの事を覚えているって事だったら、二度と勇者をやろうなんて思わないかもね。勇者になったらこの世界に来ちゃう可能性もあるって事だもんな。あ、なんでそんな事がわかるんだって顔をしているけど、私にはわかっちゃうんだよね。マサオミとは戦闘中だけ意識を共有することにしてたんだよ。そうすることで私の魔力も自由に使えることになってたからね。でも、それをしても負けちゃうなんて思っても見なかったよ。もしかして、あんたって魔王じゃなくてこの世界の創造主だったりして。なわけないか」

「俺も君達と一緒でこの世界に転生してるだけなんだけどね。じゃあ、君には色々と聞きたいことがあるんでついて来てもらってもいいかな」

「あ、それってさ、エッチな事をするんでしょ。私の事なら気を遣ってくれなくても大丈夫だからね。そう言うの好きだからさ。そうそう、私の事は麗子って呼んでくれていいからね」

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