第5講 「商」社会全体で起きている同調(2)

 このままでは、閉店に追い込まれてしまう。そう思った個人店舗の経営者たちはどういう対策を取ったのでしょうか。

 

 物量やレジの迅速さに対応しようにも手はありません。彼らにできることはそんなに多くないことも容易に想像できます。

 

 商品価値を高めて、いいもの、おいしいものを提供しようとしたでしょう。ですが、時代は大量消費の時代、まだ商品のクオリティや価値にお金を出してくれる一般市民は少なかったでしょう。

 だったら、値下げ。コンビニエンスストアの唯一の弱点はその価格が高いことでした。確かに有効かもしれません。ですがこれができる状況なら閉店になど追い込まれる状況にはまずなりません。ですので、この方法も難しいと言わざるを得ません。


 残るは、「従業員教育」。つまり、コンビニがとった方法と同じです。時代の趨勢は決しました。なら、これに従ってせめて少しでも生き永らえようとする方法をとることはある意味唯一の対応策だったと思います。


 このようにして、「商社会」全体が「同調」してゆきました。


 今日、接客業の基本的な方針は「まずはお客様をお待たせしないこと」となっているのではと思います。大抵どのコンサルティング会社の方もそうおっしゃるのではないでしょうか。

 

 その基盤はおそらくこの流れの中で生まれたのではないかと筆者は考えています。


 筆者がフランチャイズ店舗経営者であったとき、採用面接の際に徹底してお話しさせていただいたのは、

「お客様にはお待ちいただいていいんですよ」

でした。


 はじめてその言葉を聞いた応募者の方たちの反応はほとんどみなさん、

「え? いいんですか?」

という反応でした。


 この時、「ああ、やっぱり『同調』が進行しているな」と常に感じさせられました。


 筆者の個人的な考えを申しますと、従業員のお仕事の第一優先は、

「店内の安全の確保」

です。


 その際、「お客様がまずは優先」と教育されている場合、いろいろと支障が出てきてしまうのです。

 

 例えば、火事だったとしましょうか。


「いやいやさすがにそれは、レジ打ってる場合ではないでしょう?」

とお思いになるでしょう。

 ですが、その火事が、レンジの中で小さく燃えている程度だった場合どうでしょう?

 その瞬間、「先にレジ早く打ってよ!」とお客様に言われたらどうでしょう?

 本当に、目の前の少々いらだっているお客様に対して、

「ちょっと待ってください」

と言えるでしょうか?

 ましてや、そのレンジの中の火事が自分の不手際だった場合はどうでしょう?

 そして、お客様をいらだたせた上に、火事まで起こしてしまって、さらに待たせたことでお怒りになどなってしまっては……。


『やめさせられるかもしれない』


と、脳裏をよぎった結果、レジを優先してしまうとは考えられないでしょうか。


 その時に、「お客様は待たせてもいい」と言われていた従業員と、「お客様は待たせてはいけない」と言われていた従業員では、消火行動に対してためらわず行動できる率が圧倒的に違うと私は思います。


 そうやって、従業員さんたちに言い続けた結果は一定の効果を上げることができました。


 店舗経営自体は11年で、ある身体的な事情により幕を閉じましたが、その間に強盗事件はゼロ、お店に車が突っ込んだ回数ゼロ、従業員さんの怪我ゼロ、火事とうぜんゼロ。

 

 そして何より大きかったのが、棚卸の際の品減り金額が他店平均と比べて10分の1以下という結果でした。

 これには本部サイドから異常値だとして勘ぐられたことがあるほどでした。もちろん、何ら不正などありませんから、お調べいただいた結果も何も出てきません。単純に、レジの誤精算が他店より圧倒的に少なかったことと、売り場の管理が行き届いていた結果窃盗が少なかった、もしくは、廃棄処理が徹底されていて入力ミスが少なかったというだけです。

 従業員さんたちがお客様の行動や店内の状況を落ち着いて判断でき、ある意味「お待ちいただいてもいいから丁寧に間違いなくレジ清算をしよう」と務めた結果です。

 その心の余裕が誤清算を減らしたことが何よりも大きな理由と言えると確信しています。

 しかしながら、この結果は本部には面白くなかったようです。


 それはそうでしょう。「お客様第一主義」ではない方法で、他店平均を圧倒する結果を出しているのですから。


 ただ、店舗の経営は非常に困難でした。なによりも、商社会の同調傾向が強大になってきており、雇用できる人材が本当に減っていったからです。


 面接の際に筆者が「お客様にはお待ちいただいてもいいんですよ」というお話をしていたことは先に述べました。

 ですが、やはりこれに違和感をお持ちになり、辞退される方が圧倒的に多かったのも事実です。

 結果、採用人数は減少傾向になることは至極当然の結果と言えます。


 そういう意味では、筆者は失敗者と言えます。

 



 


 


 

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