第2講 従業員たちが背負わされる「ひとの心」の提供

 かくしてCSは一つの成功を収めます。


 まさしくその通り、資金が潤沢でなくなった顧客はその商品価値にこそ重きを置くことになりました。ところが各商品には同価格帯であればどれもこれも甲乙つけがたいものばかりです。当然です。なぜならどの商品も最大限各企業が練って練って作り出したものだからです。


 各企業はこぞって従業員の教育に力を注ぎました。

 

 接客のいろは、笑顔の作り方、大きな声ではきはきと、丁寧なお辞儀の仕方、言葉遣い、服装、化粧、レジ接客コンテストの開催、スマイルゼロ円などなど。


 自店の売り上げをあげるため、従業員の質を向上させるように各企業は努めます。

 

 そうして、「居心地のいい店」や「気持ちのいい接客ができる従業員のいる店」はライバル店を出し抜いて売り上げの上昇に転じました。

 各企業の経営者様方はほっと胸をなでおろしたことでしょう。


 その結果、雇用対象の選定がさらに厳しくなるのは当然のこと。

 

 雇ってもらうためにはそれ相応の「ある資質」が求められました。


「従順さ」もしくは「協調性」、あるいは「忍耐」。


 そうなのです。それまで従業員に求められたのは「スキル=技術」であったと思われます。

 「スキル」は熟練によって獲得できるものです。何度も失敗したり挑戦することで獲得できるものであり、すべてその人の熱意によって獲得されるものです。そこにはその人の「オリジナル」が生まれます。その「オリジナル」こそ新たな価値を生む原動力となっていたはずでした。


 ところが、各企業はそれほどの時間をかけている余裕はなかったのです。即戦力が必要なのです。そうしないと競争に負けるからです。


 そして、即戦力を「製造」するために必要な「資質」を持ったものが生き残るという結果が生まれました。


 その資質とは、

「心の提供ができるか」

です。


 各企業は、「接客とはどうあるべきか?」「次回選んでいただくいいお店はどうあるべきか?」を本当に真剣に考えて、統計を取ったり、アンケートを取ったり、会議を重ねたりして研究したと思われます。


 そしてたどり着いた各企業のそれぞれの「理想の従業員像」。


 教育をうけ、これを実践できるものこそ、自社に必要な従業員であると、そう思うようになるのは至極当たり前の結論でしょう。


 その結果、従業員たちは「ひとのこころ」を奪われることになるのです。


 なぜか?


「人の気持ち=こころ」は、経費が掛からない資源だからです。


 各企業の経営者たちは、当たり前のようにこう言い続けました。


「これが仕事なんですよ」「仕事だから仕方ないでしょ」「仕事は仕事と割り切っていきましょう」「みんな同じように我慢しているんですから」「協力していただけないと困るんですよ」「あなただけですよ、文句を言っているのは」。


 だから、


「あなたも、我慢してくださいね」



 これは、悲劇です。


 言っている方も、言われている方も、「ひとのこころ」を失くしてゆくことになります。


 ここまでお読みいただいて、そういえばいつからそうなったのだろうか? 

 初めからそんなわけはないでしょう?

 ウチの会社はそんなことは起こっていないよ?


 いろいろご意見があろうかと思いますが、すべて正しいです。

 そうです、「いつの間にかこうなってゆく」から怖いのです。

 

 人にはどうも、多数に傾倒する傾向があるようです。人も動物であることには変わりがなく、ましてや、野生の動物たちに比べるとその身体能力はむしろ低いと言えるかもしれません。

 その「ヒト」がこの世界で食物連鎖の頂点に立っているのは、「文明」を持ったからだと私は考えています。

 つまり、「ヒト」はその唯一の武器たる「文明」を維持しなければ、生きてゆけないということになります。

 そしてその「文明」を維持する方法が「協調」なのです。


 これは決して悪い意味ではありません。「協調」することで、「文明」は維持され、科学は進歩を遂げ、技術はさらに革新を果たします。


 ですから、「協調」するなとは言わないです。ただ、「協調」と「同調」は似て非なるものであります。


 これについて、次の講で述べていきます。



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