文 治 (ふみじ)

 ここに、文治と申す者有りぬ。これ、からくり師にて候。これなる文治あったは江戸の頃と伝え聞き候。暮しおるは、からくりの如き風の内なり。この者、探すに、十人の者使われ候。御用向きなるは、とある方、怪なる箱、手に入れられしが、その中、うち見んとなすに開かず、文治というる者、そのからくり技、万来とよべど随一なるを知りてよぶなり。

 文治、十人の者の手にては探し得ずなり。文治の、この屋敷へと来たるは、風のごと人の噂によりて己ずより、金めあてによるものなり。文治、この怪しき箱と、ひとつ部屋に入りて十日ありぬ。この十日のうち、この屋敷より去りし者、三方。一人娘の十五()歲、使い女の十三歳、使い女十五歳にありぬ。

 文治、ひとつ箱のこし、風のごと去りぬ。書きおきて、〈この箱、開くこと、文治にはかなわぬ〉。


 この箱、高さ二尺、縦一尺、横二尺なり。


 この箱、手にしてより不幸多くして、この方、これを手ばなして、とある河原に捨てさせいぬ。

 この箱の人知るに、それより十年経てなり。芝居方の裏にて、怪しき風采の男、箱に縄かけいるを見ることなり。人づてに聞くに、その男の名は、文治と申し候。この男、五年前より、ひとつ箱を背に、この芝居方へ入る者となり、そのからくり技にて働きおる者なり。


 箱と文治、それより消えて、又、十年有りぬ。


 十年経て、この文治、先の、とある方の屋敷へ現わるるなり。

文治申して、「この箱、開きて持ち候うが、中のもの、かかわりなく約束の一両戴きたく候」

 その方、中をのぞくに、のけぞりて、中にあるは、消えたる三人の娘の衣、又、飾りものなり。それ等のもの打ち出すに、その下にあるは、先の三人の娘の似姿絵三体なり。

 この屋敷の方、文治捕えて怪しむに、文治申さく、「この箱の怪しきは、私のまいるより先のことなり。そのこと、このからくりにかけいては一の技もつ、この文治よばれたることにても鲜かなり。この箱の不思議なるを知りつつ、文治を怪しまれること叶わぬことなり」

 そう言ひて、文治、箱をばたりともとへしめたり。これをもって、この箱、二度と開くことなし。文治、一両を持ちて屋敷をいでるに、すぐさま、屋敷の者共、亡れいに出あいしごと驚きぬ。しめられたる箱の中より、三人三様の女の声の聞こゆればなり。


〈文治、文治、早よう、ここから出して下され・・・・・・〉


文治と申すからくり師、これより見る者無し

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