精霊物語

有希

は る

 その日は、真白ましろい雪が吹雪いて、日頃あざやかな山も、白い空の中に隠れ鳴いておりました。私は、はると申す。ととさんはきこり、山の神様に御赦しを戴いて暮らしておりまする。私には弟が一人おり申した。名を太助と申す。


「太助、太助、よらんか、あねしゃんによって歩かんか、さらわるるぞ」

私は十歳、太助は六歳に御座居ました。吹雪は如月きさらぎの月に入って、每日のごとつのっておりました。私と太助は、山にはいったととさんのところへ、ゆくつもりで御座居ました。ととさんが、何で、この吹雪に山へはいったのか、一向憶えておりません。山の恐しさはいつも聞かされておりました。

「姉しゃん、姉しゃん、ここが川じゃろ」

小さな太助の知っておる山の中川も、雪にあとかたなく埋もれて、川の流れに添って、雪の花が舞い踊っては、下っておりました。

一時いっとき以上も歩いた頃、と申しても、その吹雪の中、たいした道のりは来なんだものと思っておりまする。太助が、「姉しゃん、笛の聞こゆる」、と申しました。私はじっと耳をすませました。このような吹雪では、雪が歌ったり、舞ったり、笛を吹いたり、太鼓を鳴らしたりするので御座居ます。私は太助に、聞かぬようにと申しました。吹雪は、里神楽さとかぐらのように聞こえそうしておりました。「姉しゃん、あれは、まっこと雪女郎の鳴らしおるのか?」、私は、そうじゃと答え申しました。

 「よいか、太助、私等は樵のこおじゃ、雪女郎のごときに騙さるるは、その恥じゃ、よう憶えておきんしゃれ」


それから、どれ程歩いたか、太助の頬も手も、青うなっており申した。口もめったにききませなんだ。話せば声ごと、吹雪の中に、すいこまれてゆき申した。雪は目の前で、棒に布をひっかけて、ぐるぐる回すように、渦を巻いておりました。うなっており申した。何と大きうして長い白い布じゃろ、私は思いおりました。

「姉しゃん、姉しゃん、父しゃんの、木ば切っとらす!」太助の遠くちぎれた声に、じっと耳をこらすと、まっこと、かあん、かあん、と、父さんの木を打つ音の聞こえ来申す。かあん、かあん、その音の美しうして、美しうして、涙の出そうになり申した。かあん、かあん。「父さんは、やっぱ、立派な樵じゃ、こない日にも打って御座るけん」

 かあん、かあん。太助は、踊るように喜こんで、頬もすっかりあこう染めており申した。じゃが。まっこと、頰も心も染めて踊っておったは、私かもしれ申さん。太助は、まだ人形のごと小さな子であり申した。


かあん、かあん、私は、どんどん太助をひいて父さんの木を打つほうへ、歩き申した。一時いっとき以上も、太助をひいて、どんどん歩き申した。太助がいきなり、飛び火の移って泣くように叫び申した声にも、たよりはしませなんだ。「姉しゃん!姉しゃん!あれは父しゃんの木を打っとらす音とはちがう、ちがうぞ!ちがうぞ!」

 私はもう何も太助には言わせなんだ。私は太助に申した。

 「太助よいか、あれは、父さんの木を打つ音じゃ!そう思え、太助、そう思え、そう思わんと、私等はどこへもゆけんのじゃ」雪は、どんどん深く重なって来おり申した。渦の中から、かあん、かあん、と高い、高い、父さんの木を打つ音の聞こえ来ており申した。そればかりしか、ありもうさなんだ。見たこともない、雪の中道と、そればかりであり申した。私は、持って来た、三つのおにぎりを、ふところから出して、食いとうないと申す太助に、無理にそこで食わせ申した。

 「腹はいっぱいか?」

太助に聞くと、太助はうなずき申した。それから、しばらく太助の様子を見ており申した。頭巾もわた着もこおりがはっており申した。太助は腹が太って眠ったように思われ申した。私は太助をゆすって聞き申した。

 「太助!私等は、これから、どこへゆくんじゃ⁉」

 「父さんのところじゃ」。

 太助は、そう申しました。

 私は、太助をおぶって歩き申した。かあん、かあん、かあん、父さんの木を打つ音の、聞こえ来ており申した。


 太助は六歳。私は、十歳であり申した

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