おはじき
「ここがアオダ玩具店、始めて来たけどすごい品ぞろえね」
「数はまあそれなりに」
隣町かあ。良いな、きっとコンビニもゲームセンターもあるんだろうなあ。
「あの心菜さん」
「……」
返事が無い。
「心菜さん?」
「……」
またしても返事が無い。
あれ、もしかして速攻で嫌われたのか?
……もしかして。
「ココさん?」
「どうしたの?」
「いや、そのー、隣町におもちゃ屋くらいありそうですけど。どうしてわざわざこんなに遠くまで来たんですか?」
「……え?」
「え?」
ココさんは真顔で何を言っているのか分からない、といった表情を浮かべた。
「本気でその質問してる?」
すると彼女はわなわなと右手を震わせた。
そして僕の方をじっと見ると、
「春一君、昔のおもちゃは好き?」
「いや、別に……」
「ふう、やっぱりね。仕方ない、私が昔のおもちゃの魅力を教えてあげるわ!!」
「え?」
「という訳で勝負よ。おはじき一つください」
「あ、毎度ー」
僕は彼女から百円を受け取ると、半ば習慣になっている動きで自動的に店の中を移動する。
そして彼女に、おはじきの入った小包を手渡す。
「それじゃあ春一君」
「あ、アオハルでいいですよ。周りからそう言われてるんで」
「そう、ならアオハル君。ついて来て」
彼女は店を出てすぐ右手にある、休憩スペースに入った。
そこは僕と父さんが、子供たちが買ったおもちゃで遊べるように作ったスペースだが、そもそも客がいないのを忘れていた。
ココさんはテーブルの上にジャラジャラとおはじきを広げ始めた。
「勝負しましょう」
「え、何で?」
「ルールは簡単。一人一つおはじきを持って、それをはじいてぶつけたおはじきを貰える。おはじきが全部なくなったら終わりで、最終的に多くおはじきを持ってた方の勝ちね」
ああ、僕の意志は関係ないんだな。
「あのー、僕まだやるって言ってないんですが……」
「報酬ももちろんあるわよ。負けた方は買った方の言う事をなんでも一つ聞くこと」
―――ピキーンッ!!
僕は初めてだった。一瞬のうちに様々な思考がめぐっていくことが。
なんでも。つまりあんなことやこんなことが……!
ふとココさんの胸に目が行ってしまう。
「やりましょう、ココさん!」
「ふふふ、やる気になってくれたようで嬉しいわ」
僕たちはおはじきを一つずつ持ち、弾く準備をする。
「いざ尋常に」
「勝負!」
先攻はココさんだ。
「ふっ!」
彼女の指から放たれたおはじきは、なんと三連続て他のおはじきに当たった。
「良しっ! 次はアオハル君の番よ」
「はい!」
僕もおはじきをしっかりと観察する。
……斜め右側に弾こう。運が良ければ大量に獲得できるかもしれない。
よし、決めた!
「はっ!」
だがおはじきは見当違いな方向へ飛んでいき、獲得したおはじきはたった一つだけだった。
「くっ……」
「ふふん、まだまだね」
だがここから僕の逆転劇がある。
なぜそう言い切れるか。理由は僕がこの物語の主人公だからだ。
主人公は基本勝つ。それがお決まりだからだ!
「まだまだこれからだ!」
とはならなかった。
結果は六対二で惨敗。儚くも僕の思春期な妄想は露へと消えた。
「私の勝ちね」
「……そうですね」
「じゃあ早速お願い事をしようかしら」
そうだ、僕は負けたのだ。
どうしよう、腎臓売ってこいとか言われたら。
……いや、さすがに無いよな? だって高校生が内臓売らせるって、そんな高校生日本にいるはずないもんな?
「な、内臓だけは勘弁を……」
「何のこと? それよりお願い言ってもいい?」
もうやめだ。腹をくくろう。
僕はゲームに負けたのだ。負けたことを素直に認めない奴はクズだって、カ〇ジで言ってた気がするもんな。
「私と友達になって」
「……え?」
「嫌?」
「い、嫌じゃないですけど。そんなことでいいんですか?」
「もちろん。今日は楽しかったから。あとなんでもって言ったけど、アオハル君は何を私にお願いするつもりだったの?」
「え」
やっばい。声が裏返ってしまった。
「……健全なことです」
「ふーん」
そういうと、彼女はおはじきを集めて鞄にしまった。
「じゃあねアオハル君。ケンさんによろしくね」
「はい、また」
彼女はそのまま帰るかと思いきや、ふっと僕の耳元でささやいた。
「えっちなこともほどほどに、ね」
僕にとって、忘れられない一日になった。
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