第10話 馬鹿みたいに


「わぁ……広告とかに出てきそうなお部屋……」

「ふふっ、何? その例えは」


 玄関に入ると目を丸くさせる長閑さん。

 まぁでも確かに……新築だし、目新しい感じはするのかな。


「取り敢えず上が…………」

「……アンナさん?」


 ど、どうしよう……誰か招き入れるとか初めてだし…………もっとシミュレーションして大切にするべきだった…………

 でも今日急にこんな話になった訳で……今からシミュレーションしてみる?

 まず簡単に上げていいものなのか……靴を脱がせる前に相手にもしっかりと認識させるべき……でも待って……この前長閑さんの家にズカズカ入ってしまったのはどこの誰?

 何でもっと意識しなかったんだろう……

 長閑さんといると……そんな簡単なことさえ忘れてしまう……


「アンナさん……大丈夫……?」

「…………ど、どうぞ上がってください……」

「ふふっ、お邪魔しまーす♪」


 …………嬉しそうにしてるし、これが正解なのだろう。リビングに入るとより一層長閑さんは目を輝かせていた。


「すごーい!! ペコぷりんの部屋みたい!!!」

「ペコぷりん? 何それ?」

「えっ!!? ど、動画配信者の……ネットで滅茶苦茶有名な人だよ!?」

「? インターネットあんまり使わないから……動画配信者って何?」

「…………ふふっ、じゃあ寝る前に一緒に見よ?」


 本来、一切興味の無い話題なのだろうと思っている筈なのに…………一緒に見たいと思ってしまうのは何故だろう。


「ねぇねぇアンナさん、先にお買い物行かない? 夕飯とか明日の朝ご飯とか……色々……」

「そうね、じゃあお財布だけ持って……」


 色々って何だろうと考え、長閑さんとの電話を思い出してしまう。お揃いの……スウェットが欲しいって言ってたっけ。

 ……いやいや、お揃いとか……無い無い。

 私が私でなくなりそうなので暫く何も考えないようにしよう。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 長閑さんが行きたいと言うので、いつものスーパーではなく駅前の繁華街で買い物をすることにした。隣にいる長閑さんがトラックの走行風に煽られていたので、私を風除けにするよう壁代わりに歩く。


「ごめんねアンナさん。私小さいから……」

「別に悪いことじゃないでしょ。個性なんだし」

「……アンナさん背も高いし髪の色も綺麗だし…………ふふっ、素敵な個性の塊だね」

「別に…………………………ありがと」


 淀みのない澄んだ笑顔でそんな言葉を言えるその個性は、私には少し眩しすぎる。 

 利用したことの無いスーパーマーケットに入ると、嬉しそうな顔でカートを押す長閑さん。何故だろう……嫌になる位落ち着く。


「アンナさん、夕飯何作ろっか。カレーとか?」

「そうね……カレーなら明日の朝食も考えなくていいし……ある程度家に食材あるから…………なんで笑ってるの?」

「ふふっ、なんだか同棲してるみたいだなって。大学生ってこんな感じなのかな?」

「な、なに言ってんの!? 変なこと言わないでよ……」


 ホント……変なの。

 高校だって違うだろうし、大学なんて……きっと違う景色を見ている筈なのに……

 なんで……“もしも”の未来を想像してしまったのだろう。馬鹿みたい…………


 足りない食材、お菓子や飲み物を買い店を出る。

 これ以上余計なことを考えたくないのに……長閑さんが電話で言っていた……チャラチャラした騒がしい店の前を通り過ぎる。

 何か言いたげな顔で口を開きかけ、小さく首を横に振る長閑さん。

 

【でもそういうのアンナさん嫌がるよね──】

【いっぱい楽しんで……アンナさんにも楽しんでもらって──】

【もっともっと、仲良くなりたいな──】


 ホント、馬鹿じゃない……

 私だって…………


「……えっ!? ア、アンナさん……なんで戻るの?」

「…………部屋着、欲しかったの。だから…………買う」


 あなたがそうやって笑ってないと……楽しめないじゃない。


「わ、私も同じの買っていい!?」

「…………好きにすれば?」


 馬鹿みたいに可愛らしいその笑顔で。

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