第30話
☆☆☆
「知奈ちゃん、お久しぶりですね」
久しぶりに特別学級へ向かうと、景子ちゃんの固い挨拶が待っていた。
「久しぶりだね景子ちゃん」
「はい、久しぶりです」
「どうしたんだよお前、クラスに戻れたんじゃないのかよ」
心配そうな声をかけてきたのはキンパだ。
相変わらずの金髪で、上の方だけ少し黒くなってきている。
今ではプリン頭だ。
「ちょっとね」
私は誤魔化し笑いを浮かべて頭をかく。
「目、真っ赤。泣いたんですか?」
「うん、ちょっとだけね」
景子ちゃんに指摘されて私は息を吐き出しながら答えた。
「クラスでなにかあったのかよ」
「違うのキンパ。クラスでは順調なんだけど、ちょっと別で問題があって……」
でも失恋しただなんて言えない。
失恋の傷を隠すためにここへ逃げてきたなんてことも、絶対に言えない。
「はい、じゃあ授業の続きするぞー」
大田先生の声が響き渡り、私は景子ちゃんの隣の席に座ったのだった。
☆☆☆
久しぶりの特別学級はやっぱり過ごしやすかった。
授業が進んでいるから追いつくのは大変だったけれど、前と同じようにみんなが私を支えてくれる。
もう普通の教室になんて戻らなくていいんじゃないかと思えてきてしまうくらいだ。
「明日もこっちに来るの?」
放課後、すっかり元通りの話し方になかった景子ちゃんが訪ねてきた。
「う~ん、まだわかんない」
私は素直に答える。
あんなことになってしまったけれど、私はまだ佳太くんのことが好きだ。
好きだからこそ、目が腫れてしまうまで泣いたんだ。
そう理解した今、佳太くんの役に立ちたいという気持ちも膨らんできていた。
私がA組へ戻ることが佳太くんの評価につながるのなら、それでもいいかもしれない。
「そっか」
景子ちゃんは頷いて教室を出ていく。
私もその後に続いて特別学級を後にした。
花壇へ向かおうとかと思った矢先雨が降り出して、それも取りやめにした。
今日も傘を持っていないから、また熱を出してしまうかもしれない。
さすがにそんなことは繰り返せなかった。
1人、早足で帰路を歩いていると雨は徐々にやんできていた。
空を見上げるとうっすらと虹が出ている。
「わぁ」
思わず立ち止まり声をあげる。
虹を見るとなにか幸せなことがありそうな予感がする。
そんな予感に心踊らされながら視線を戻した時、歩道に近づけるようにして白い車が停車しているのが見えた。
「矢沢さん」
運転席から出てきたスーツ姿の男性が私の名前を呼ぶ。
その声にハッと息を飲んで、自分の表情が険しくなるのを感じた。
微笑もうとしても難しかった。
つい視線を外して気がついていないフリをして、通り過ぎようとする。
「話を聞いてくれないか」
腕を掴まれて引き止められた。
足を止めて見上げると佳太くんの泣きそうな雰囲気が伝わってきて胸がチクリと痛んだ。
どうして佳太くんが泣きそうなの?
沢山泣いたのは私の方なのに。
そんな言葉が喉まで出かかって、飲み込む。
相手は先生だ。
これ以上自分のわがままをぶつけるわけにはいかない。
「私のこと全部、最初から知っていたんですよね?」
代わりに質問した自分の声はひどく震えていた。
佳太くんは無言で頷く。
やっぱりそうだったんだ。
なにも知らずにただ舞い上がっていたのは私だけ。
途端に自分の今までの言動がおかしく感じられて口元が緩んでしまった。
「矢沢さん?」
「安心してください。私、またA組に行きますから、先生の評価は落ちません」
「それはっ」
佳太くんが慌ててなにかを言おうとする。
だけどもうなにも聞きたくなかった。
これ以上、私を振り回さないでほしかった。
「さようなら、教育実習の先生」
私は小さな声でそう言うと、握られている手をそっとほどいて歩き出したのだった。
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