第3話

翌日になっても相変わらず空は青かった。



眩しいくらいの太陽光に目を細めて高校への道を1人で歩く。



高校は小学校とは逆側にあるから、あの横断歩道を歩くかなくても良い。



それだけでも私の心は少しだけ穏やかになることができる。



今日は頑張ろう。



雪ちゃんのことをちゃんと認識しよう。



そう思って1年A組の教室へ入る。



「おはよう」



と、昨日と同じように声をかけると、昨日と同じように返事があって、胸をなでおろす。



よかった。



昨日は少し失敗したけれど、それだけで無視されるようなことはなかったみだいだ。



自分がひどくマイナス思考になっていただけだとわかって、内心苦笑いを浮かべる。



自分の席へ向かうとすでに雪ちゃんが来ていた。



「おはよう雪ちゃん」



変わらない調子でそう言うと、相手はとまどったように身じろぎをして椅子から立ち上がった。



「あ、ごめんね矢沢さん。飯田さんまだ来てなかったから、椅子をかりていたの」



相手は雪ちゃんとは全然違う声でそう言った。



「あ、え、ご、ごめんなさい!」



私は真っ青になって頭を下げる。



雪ちゃんの席に座っているからといって、雪ちゃん本人とは限らないのだ。



もっと相手の癖とか、体型とかをちゃんと覚えなきゃいけない。


相手の子は「こっちこそごめんね」と早口で言うと友人と共に教室を出ていってしまった。



私はその後姿を見送って大きく息を吐き出す。



さっきの子、名前なんて言うのかな。



きっと傷つけてしまった。



それとも、変な子だと思ったかもしれない。



どっちにしてもまたも失敗だ。



椅子に座り、落ち込んで突っ伏す。



どうしてこううまく行かないんだろう。



私と同じ病気の人の中には自分が病気だと気が付かないままに過ごしている人もいるというのに。



「知奈ちゃんどうしたの? 具合悪いの?」



鈴の音だ!



がばっと顔を上げると机の前に雪ちゃんが立っていた。



今の声、間違いなく雪ちゃんだ。



「ゆ、雪ちゃん、昨日はごめんね。私、誰かがわからないなんて言って」



焦って早口になるのをグッとこらえて、一文字一文字しっかりと発音する。



すると雪ちゃんは笑ってくれた。



「まだそんんこと気にしてるの? それより昨日の宿題やった?」



最初からすっごく難しかったよねぇ。



雪ちゃんのうんざりしたような声。



よかった、もう怒ってなさそう。



私は安心して雪ちゃんとの会話に加わったのだった。


☆☆☆


トイレにはできるだけ1人で行くようにしている。



特に女子トイレは色々な生徒が溜まっておしゃべりをしているから、誰が誰だかわらかなくなりやすい。



一緒に行った子の判別がつかなくなる危険があった。



今日は雪ちゃん経由で2人の友人を紹介してもらったから(昨日トイレに子たちだ)余計に混乱してしまう。



一気に覚える人数が増えて少し疲れていたこともあり、私は個室で時間を潰すことにした。



次の授業が始まるまで10分はあるからここで休んでいよう。



顔で相手の判別ができない私にとって、覚えることは多い。



「ねぇ、同じクラスの矢沢って子、なんか変じゃない?」



突然外からそんな声が聞こえてきて私は身構えた。



「矢沢? 誰それ?」



「ほら、一番うしろの方の席の子」



どちらも聞き覚えのない声。



だとしたら私のことじゃなくて、私と同じ名字の他の人のことを言っているのかもしれない。



矢沢なんて、ありふれた名字だ。


そう思い直したけれど、そんな期待は簡単に打ち砕かれてしまった。



「飯田さんと仲良くしてる子?」



「そうそう!」



飯田さんとは雪ちゃんのことだ。



A組はつくの並びが出席番号順になっていないので、偶然隣になった雪ちゃん。



「なにが変なの?」



「今朝さ飯田さんの席に座ってたら、いきなり『雪ちゃん』って声かけてきたんだよ。全然違うのにさ」



あ――。



今朝間違えて声をかけてしまった子だと気がついた。



全身が冷たくなって行くのを感じる。



「なにそれ、ちゃんと顔見てなかったってこと?」



「たぶんそうだよね。それか、元々飯田さんの顔を覚えてなかったとかさぁ」



「えぇ、それってどうなの?」



「ね? 友達じゃないよね」



2人はメーク直しでもしていたのだろう、トイレに入ることなくクスクスと笑い声だけを残して出ていくのがわかった。



『友達じゃない』



その言葉がいつまでも私の脳裏に残っていたのだった。


☆☆☆


どうにかしなきゃ。



どうにかして、友達を作らなきゃ特別学級に入れられてしまう。



私は昨日お母さんの口から出かかった言葉を思い出していた。



『特別――』あの後に続く言葉は特別学級で間違いない。



小学校にも中学校にも高校にも、そういう子たちを受け入れる場所があるんだろう。



今までは周りには知っている子が沢山いたからよかった。



だけど、今回は今までとは違い、知らない子のほうが圧倒的に多い。



その中で生活していくことがこんなに大変なことだなんて、思ってもいなかった。



自分の考えの甘さに焦りと絶望が入り交じる。



私はとにかく暗くならないように、笑顔でクラスに馴染むことにした。



人のことを覚えない上に暗い顔をしていては、本当に誰も友人にはなってくれなくなってしまう。



「でね、昨日さぁ」



「あはは、面白いねカリンちゃん」



声が低くて少し東北の訛りがあるのがカリンちゃん。



「昨日のドラマみたぁ?」



言葉の最後を伸ばす癖があるのがトオコちゃん。



「っていうかぁ」



会話の最初に必ず「っていうかぁ」と付けるのがアキエちゃん。



次々と声をかけられて私の頭はパンク寸前だ。

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