三 浄

 一〇〇余年にわたり、諍いから縁遠かった都が血に染まる。

 頭には兜、胴には鎧、腰には太刀。

 全身に高級な装備を着込んだ禁軍の武士たちは、ある者は首を飛ばされ、ある者は袈裟斬りにされ、あるものは両腕を失い絶叫の後に倒れ伏す。鎧ごと胴を真二つに切断された者の姿を見れば、その装備には何の意味もないことがわかる。

 溢れた血は踏み固められた土の道に染み込み、どす黒く色を変える。多くの者は一太刀で命を失うため、地に倒れる者の多さに比べ、呻き声を上げている者の数が少ないのが特徴だった。

 都の地に、浄が立っていた。

 闇夜に紛れて内部へと忍び込み、警備をしていた武士に誰何すいかされたのが、四半刻程前。浄はすでに、内裏の目前に迫っている。

 いつもと変わらぬ濃藍の着物と、腰には無造作にさした刀。もっとも刀は二〇人も斬れば悪くなってくるため、すでに携えてきた刀は鞘に戻している。今浄が手にしているのは、斬りかかってきた武士から掠め取った太刀だ。

 一歩足を踏み出すごとに、斬りかかってくる武士を返り討ちにしていく。多すぎてもはや斬った人数を数えることすらできないが、浄の感情を消しきった顔に、疲労の色は見えなかった。

 無尽蔵のごとく武士が後から、後から現れるが、浄にとっては、投げられた球を軽く打ち返す遊戯に等しい。武士はそれぞれ太刀を携えてくるので、換えの得物に事欠かないのも、浄の歩みを止められない一因だ。

 浄の歩んだ後には無残な死体が転がって、まるで花道のようになっている。その様はまさしく、浄の異名である羅刹そのものだった。

 いっぽう、斬りかかってくる武士の勢いは落ちている。

 禁軍の総数から言えば被害は少ないものの、目の前に転がる死体の数が増えれば士気は下がる。武士は数多いるが、武士一人ひとりの命は一つしかないのだから当然のことだ。

「単独で挑むな! 敵はたった一人ぞ。背後を取れ、弓兵構え!」

 武士が壁となり行く手を阻むその向こうから、激しく指示を飛ばす声が聞こえる。一際立派な鎧を身にまとった禁軍の小隊長だ。

「内裏に足を踏み入れさせるな。禁軍の名にかけて天子様をお守りするのだ!」

 小隊長は絶えず声を上げ、兵を指揮し、ともすれば総崩れとなりそうな隊の士気を支えている。

「放て!」

 奮闘を続ける小隊長の掛け声に合わせ、ずらりと並んだ弓兵の引き絞った矢が放たれた。

 浄目掛けて飛び出した矢の数は一〇。練度の高い弓兵の放った矢は真横一列に並び、逃げ場を封じている。さらに目の前と背後に太刀を構えた武士が一人ずつ。

 その全てへ視線を向け、刹那。浄が回転斬りの要領で太刀を薙ぐ。月夜に煌めいた刃は、全てのやじりを捉えて打ち落とし、その勢いのまま前後の武士の首が胴体から転がり落ちる。

「ひぃっ! ば、化け物!」

 誰かが上げた、掠れた悲鳴。その言葉は、この場にいた全ての者の心の声を代弁していた。

「馬鹿者、陣を乱すな!」

 瞬間、聞こえてきた声に、浄は微かに口角を上げる。大きく足を踏み込み、目の前の五人を瞬く間に斬り伏せる。武士の壁が崩れた中を駆け、総髪を風になびかせながら、軽やかに跳躍。

「陣、を……」

 なおも声を上げ続けていた小隊長へと肉薄すると、頭上から大きく太刀を振り下ろす。兜を両断し、刃は小隊長の臍のあたりまで食い込んだ。

 ずるりと二つに分裂して崩れていく小隊長の姿に、また周囲から悲鳴が上がる。悲鳴の主は、今度は一人ではない。周囲で様子を見ていた多くの武士が戦意を喪失し、その場に尻もちをついて倒れる。

 浄は唇に飛んだ返り血を舐めながら、小隊長の骸から新しい太刀を持ち去った。

 襲いかかってこない者には目もくれず、道を駆けると、目の前に立ちはだかった門を斬り破る。浄が刀を抜いてから半刻後には、内裏の中へ足を踏み入れていた。

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