カワウソと花見酒

 いつの間にか今年も桜の季節がやってきていた。


 仕事終わりの日付を跨ごうかという頃。

 疲れた体を引きずるように帰っていて気が付いた。

 歩道を桜の花びらが白く染めていた。


 最近、あまりの疲労に、俯いて帰路を辿るだけだったから気が付かなかった。もう桜の季節だったなんて。


 ……よし。


 体の向きを変え、近くのコンビニへ向かう。

 明日は休みだ。少しくらい遠回りをして帰ってもいいんじゃないか。

 深夜の桜並木の河川敷を散歩して帰ろう。


 夜桜のお供にはやっぱり酒。

 唐揚げ串と枝豆、缶チューハイを買い桜の並ぶ河川敷へ。

 流石に平日のこの時間、辺りに人影はない。


 夜桜、独り占め。

 いいね。


 そう思っていたら、僕が進む先に小さな影が三つ、動いていた。なんだろう。犬か、猫か。静かに歩きたかったけれど動物と鉢合わせくらいならまあ悪くはない。

 そんなことを考えながら近づいた。

 そこにいたのはカワウソだった。


「いやキミらどこからきたのさ」


 思わず呟く。

 カワウソ達が振り向いた。


「やあ、人間さん。いい夜桜日和ですねえ」

「こんばんは、人間さん。なんだかいい匂いがしますねえ」


 カワウソが二匹近付いてくる。

 なんだこいつら、人間慣れしてやがる。

 僕が手に持っているコンビニ袋が気になるようだ。


「いい匂いって……ああ、唐揚げ串これのことか」


 カワウソ達が僕の足元まで来た。

 焼酎の強いにおいがする。

 僕は辺りを見回した。


「なんだあれ」


 遊歩道から少し離れた川のすぐ傍。

 地面に直接木製のタライが置いてあり、透明な液体が入っている。

 周りには空になった焼酎のでかいペットボトルが転がっている。

 そして一匹のカワウソがタライに頭を突っ込んで中の液体を被っている。

 そいつも僕の方を向いた。


「やっぱり酒は浴びるに限りますねえ。人間さんもいかがです?」

「キミら酒豪か」


 いや酒豪でもそんな飲み方しないから。

 浴びるって比喩だから。


 コンビニ袋を気にするカワウソ達を踏まないように、タライからは離れたところに腰を下ろす。焼酎のにおいには閉口するものの、彼らのことはもう少し眺めていたくなった。


 夜桜酒をかっくらいに来たはずなのに酒豪のカワウソ達に心を奪われている。


「そうだ、唐揚げ食べる?」

「かっらげ?」

「なんですか、からっげって」


 カワウソ達は興味深々だ。

 酒を浴びていたやつも寄ってきた。

 うん、においだけで酔いそう。


「鶏の肉を油で揚げたものなんだけど。キミら食べれるかな」


 袖で口元を覆いながら尋ねる。

 カワウソに唐揚げを食べさせていいかと言われるとダメな気がしないでもないが、なにせ相手は喋るカワウソだ。毒見は自己判断でやってもらおう。


「とりって空飛ぶ鳥?」

「たぶんそう」

「肉って言ってるからおいしいやつだよ」


 串から外した唐揚げを差し出す。

 唐揚げを咥えた三匹は、またタライの方へ戻っていった。


「これおいしい」

「おいしいおいしい」


 カワウソがうまうまと唐揚げを食べながら酒を浴びる。

 不思議な光景だ。


「おおい、帰ったぞ!」


 カワウソ達をぼんやり眺めていたら、離れたところから声がした。

 そちらをみると、焼酎のでかいペットボトルを器用に転がしながら、二匹のカワウソがやってきた。カワウソが五匹に増えた。


「おかえり!」

「これ転がしても重いわ」

「でも花見酒は浴びるに限るってな!」


 カワウソ界では酒は浴びるものなのだろうか。

 五匹はてきぱきとタライに焼酎を注いでいく。


 彼らの花見酒はまだまだ続くのだろう。

 僕は枝豆と缶チューハイを口に運びながら、彼らをもう少し眺めることにした。



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