好奇心の悪魔
少し気持ち悪い話をする。
就寝前、ベッドに寝転んでSNSを眺めているときに「そいつ」は現れた。
『この子いいな』
「――!?」
耳元で声が聞こえた。
ギョッとして身を起こす。
見回しても、部屋には誰もいない。
……気のせいか。
隣の住人の声が漏れ聞こえたのを勘違いでもしたか。
壁の薄いボロアパートじゃあ仕方ない。
最近残業も多いし、疲れているのかもしれない。
もう寝てしまおう。
横になり電気を消す。
『なんだ、もう寝るのか』
また同じ声が聞こえた。
――隣の人、声デカいな。
『なあ、さっきの子可愛かったやん』
まだ聞こえる。
声から逃げようと俺は布団を頭から被った。
『おい、まだ寝るなよ』
ぐい、と被った布団を引っ張られる。
――これやっぱり気のせいじゃねえわ。
俺は電気をつけて身を起こした。
『お、また起きる気になったか』
「誰だ? どこにいる」
相変わらず、姿が見えない。
『ここだよ、ここ』
声はかなり近くから聞こえた。
そこを見る――
にょきりと親指くらいの大きさの人間の上半身のようなものが。
「は? あああああああああ!?!?!?!?」
ご近所のみなさん、うるさくしてすみません。
でも、自分の左手に小さな人間の上半身が生えていたら多分みなさんも大声出ると思います。
心の中で、アパートや近隣住人に謝りながらも、俺は左手の人間を凝視し続けた。
左手の住人が喋る。
『うるさい。何時だと思ってるんだ』
「いや、まあ……すみません」
言うに事欠いて「うるさい」とはなんだ。いや確かにうるさかったと思うけど。
誰のせいだよ。お前だよ。
こっちはお前に驚かされたせいで寿命十年くらい縮んだんだわ。
いろいろ言いたいことをぐっと堪えて一番の疑問をぶつける。
「お前、何だ?」
『俺にもわからん、気付いたらここにいた』
「なんだそれ」
これどうしよう。
左手に何かが生えるなんてことなかったけど、生えてみてわかった。
めちゃくちゃ、邪魔。
……抜けないかな。
右手でそっと握って引っぱると、案外あっさりと「そいつ」は左手から抜けた。
左手を見る。なんともない。穴も開いてない。
そこにあるのは、「そいつ」が生える前の、普段の俺の左手だった。
『お、こっちの方が動きやすいな』
「そいつ」は俺の手の中でパタパタと足を動かした。
手を離すとポスン、と布団の上に落ちた。
『なあ、さっきのもう一回見せて』
「さっきのって?」
『部屋暗くする前に見てたやつだよ』
「ああ、これか」
スマホでさっき見ていたSNSを開いて見せる。
『そうそう! これこれ!』
「そいつ」は食い入るようにスマホを見た。
『なあ、この子ほんと可愛いな』
「はあ?」
画面に映っていたのは、最近気になっているアカウントの投稿。
可愛いんだよねこの子。
たまにメッセージのやりとりするけど、返信がいちいちツボに嵌る。
俺の癒し。俺の天使。SNSの顔も分からないアカウントなんて大抵は中身がおっさんだということを差し引いても救われている。ぶっちゃけ好き。
好きが拗れて「リアルで会わなきゃおっさんだろうがなんだろうが関係ねえ!好き!」という心境になりつつある。
『俺この子ともっと仲良くなりたい!』
「は?やめとけ。中身たぶんおっさんだぞ」
『そんなのわかんねえじゃねーか!もしかしたら美少女かもしれんし!』
「いーや、おっさんだね。だめだね。今の俺から癒しの存在を奪うな!おっさんと確定してなくて、美少女の可能性が残っているからこそ癒されるのであって、もっと仲良くなってオフ会でもすることになって、期待が膨らんだところにおっさんが来たら俺は立ち直れない!だからこれ以上仲良くしないのは俺の重大な選択なんだ!!」
『そんなこと言って、勇気が出ないだけだろうが、ヘタレめ……よしできた』
俺が熱く語っている間に、「そいつ」は俺のスマホをいじっていたらしい。
『俺は、俺のアカウントで彼女と仲良くなるわ。意気地無しは指でもくわえて横から見てな』
「な!?お前勝手に……!」
『しかも女子垢だから、おっさんには話さないこといろいろお漏らしするかもしれねえぜ?』
「おもら……いやダメだろそれ!!!!」
『でも、知りてえだろ?いろんなこと』
俺の左手から出てきたこいつはとんだ悪魔だった。
だめだこいつ早く何とかしないと。
数日後、この悪魔が俺の天使の自撮りをゲットし、めでたく俺の癒しがおっさんだったということが確定した。
ちなみに、おっさんの自撮り画像を見た「そいつ」は変な声を上げながら消滅し、二度と現れることはなかった。結局、あれはなんだったのか分からないまま、俺は新たな天使を求め、今日もSNSを徘徊している。
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