付喪亀(つくもがめ)

 食器を洗っていたら、食器をつけているタライからカメが顔を出した。

 タライのふちに前足の爪をひっかけている。


「よお」


 カメが喋った。

 両手ですくいあげたらきっと手の平に収まらないだろうな、と思うような大きさの黄色いカメだ。


 僕は洗っていた皿を落としてしまった。

 ステンレスのシンクが大きな音を立る。


「……カメ?」


 僕はカメなんて飼ってない。

 ここは、小さな町の一角にあるごく普通の1LDKのアパートで、カメと金魚と小鳥の飼育は許可されているけれど。

 他の住人のところのペットが逃げ出してきたんだろうか。

 それにしてもどこから入ったんだろう。


「なあなあ、ちょっとワイの甲羅洗ってくれへん?」

「あ、うん」


 カメに甲羅洗いせがまれてしまった。

 なんだ、出合頭に甲羅洗いをせがんでくるカメって。

 距離なしか。


 そういえば前にSNSで、水族館のカメが甲羅を洗ってもらう動画が流れて来てたな。

 思い出しながら、亀の子だわしで恐る恐るカメの甲羅をこすってやる。


「もうちょっと強くしてもええで」


 遠慮なさすぎないかこのカメ。

 もう僕はなにも気にせずカメの甲羅をごしごしとこすった。


「ああ気持ちええわあ」


 カメが目を細める。


「キミ、どこのカメ?」


 僕はカメの甲羅をこすりながら聞いてみた。


「あ? ワイずっとここ居ったで?」

「……どういうこと? 僕はキミをつれてきた覚えなんてないんだけど」


 もっと詳しく聞こうとしたとき。



「ぼくもあらってー」


 少し高めの可愛い声がした。

 洗ってるカメの横から、小さいカメが顔を出す。


「儂もいいかの」

「私もぜひ」


 気がついたら、シンクの中の食器が全てカメになっていた。


「え? え?」


 さっき洗ったはずのコップと落とした皿があった場所にそれぞれカメがいる。

 タライの中にも数匹のカメが悠々と泳いでいる。


「ボウズ、しらんのか」


 僕に洗われているカメが喋った。


「カメは長生きやけの。生きているうちに力を得て姿を変えられるようになるんよ」

「えええ……」


 にわかには信じられない。

 カメが化けるなんて聞いたこともないし。

 むしろカメは、長寿で縁起物だろ。

 脅かしてくるなんて妖怪の類じゃないか。


「そんで、ワイらみんな一緒に段ボールに入ってここにきたんよ」


 そういえば、今洗っている食器は全部不用品売買フリマサイトで買ったものだった。

 食器一揃いではあり得ないほど安く出品されていたから即決で購入した。

 ……僕は食器を買ったはずがカメを買っていたということなのか。


「前の家ではカメ《こっち》の姿になったことはないからな、あの人間は食器や思って送っとるやろ」

「ふ、ふうん。じゃあなんで急にカメの姿に戻ったの?」


 ずっと食器でよかったのに。


「なんやボウズ失礼なこと思っとるやろ」

「いや、別に……」

「まあええわ。タライにおったら泳ぎたくなってもうてな。前の家じゃタライ使おてくれへんかったからの」

「え、タライで食器洗いしないこともあるの!?」


 衝撃だ。

 僕はタライを見る。


 実家の母親がわざわざ持たせてくれたタライだ。

 つけ置き洗いの方が汚れが落ちやすいから、と。

 それに実家でも祖父母の家でも、流しにはタライが置いてあった。


「ワイら、久々に水に浸かれて浮かれてしもうたんよな」


 ピーンポーン。

「こんにちはー! クロイケ急便でーす!」

 ガタタタッ!!


 インターホンが鳴った。

 同時にカメ達がみんな食器に戻った。

 突然の音にびっくりしたのかもしれない。


 そんなことより、と僕は玄関に向かった。

 きっと一昨日ネットで買った鍋だ。

 楽しみだなあ。


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