いきなり人を巻き込むな!!―ある日見た夢の話―

 もしかしなくても疲れているのかもしれない。


 ここのところベッドに入ってもすぐに寝付けない。

 それでついスマホを開いてしまう。

 見るのはチェックしている人達の一言投稿をリアルタイムで手軽に眺められることで有名なSNS。

 自分でも発言できるし、気になった人の投稿にコメントもできる。

 眠くなるまでの暇つぶしにすごくいい。


 だらだらと一言投稿を眺めていたら、突然、画面上に円を書く青い矢印の表示が現れた。

 SNSの読み込みマーク。

 勝手に現れて、一言投稿を読み込む。

 勝手に現れる癖に、このマークが表示されている間は投稿が読めない。

 煩わしいがどうしようもないのでおとなしく待つ。 

 それは3秒ほどで消えた。


 気を取り直して新しい一言投稿を読もうと画面を見た私は、強烈な違和感を覚えた。

 なんだろう。画面中央付近に表示されている投稿がいろいろとおかしい。


 まず、アイコン。

 背景が赤い、緑の龍。

 こんなアイコンの人はフォローしてない。

 勿論、フォローしている誰かがリツイートやいいねをしたわけでもない。

 ……いや、もしかしたら誰かがアイコンを変えただけかもしれない。


 次に、アカウント名。

「緑の龍」。

 ……これも見覚えがない。

 でも、もしかしたら誰かがアイコンと同時に変更しただけかもしれない。


 それから、内容。

「花見はいいけど部長にパシられるの嫌すぎるわ」

 会社の愚痴?


 視線を右にずらすと日付。


 ――140年4月19日


 ……今は2023年1月だぞ。なんだ140年って。


(なにこれバグ??)


 ぞくぞくっと背筋に寒いものが走り頭の中で警戒音が鳴る。

 何か分からないけどこれ以上この投稿を見てたらまずい気がする。

 震える指で画面を閉じようとした瞬間。


『見ぃたぁなぁぁぁああああ』


 頭の中で声がした。驚いたはずみに手が滑る。ホームボタンを押そうとした指は空を切り、スマホの上部に表示されていたURLをタップした。


 https://www.🐉.kokodehanai*dokoka.com


 なぜかURLの途中にいる龍のマークが点滅する。


『我らは三位さんみの龍なりぃぃぃ! なんじの魂を貰い受けるぅぅう!』


 声と同時に、スマホの画面の向こうから、それぞれ赤・緑・黄色の3匹の龍が錐揉み回転しながら向かってきた。


 背筋に悪寒が止まらない。全く訳が分からないが本能がこのままでは危険だと訴えてくる。慌ててスマホの電源を切ろうと電源ボタンを長押しするが何故か反応しない。3匹の龍が画面のすぐそこに来た。


『はっはっはっ、はははははははははははははは!!』


 龍達の笑い声。

 視界が白い光に包まれながら歪んだ。




 ――――

「せんせー、なにしてんのー?」


 気が付くと、目の前に小学4年生くらいの女の子が立っていた。

 体操服を着て、首に赤白帽をかけている。手にはプラスチック製の手箕てみ。落ち葉を運ぶのによく使う、ザルの大きいやつだ。

 中には申し訳程度の枯れ草と落ち葉が入っている。


 周りを見回す。

 私は、校舎の外にある流し場の横に立っていた。

 何故か、この場所のことも自分が何をしているかも知っていた。


 ここは幼小中高一貫の教育施設「つぼみ学園」。

 一週間の教育実習で、小学6年生のクラスにお世話になっている真っ最中。そして、今は掃除の時間。



 声をかけてくれた子に答える。


「立ちくらみでちょっと……ね。もう大丈夫だよ」


 正直に答えてから、しまった、と思う。

 子供に格好の悪いところを見せてしまった。


「ふーん。お大事にー」


 女児は、さほど興味なさそうな顔をした後、手箕を抱えて走っていった。

 首の後ろで赤白帽がぴょんぴょん跳ねる。

 私も自分のクラスに戻らないと。


 つぼみ学園の幼小部は山の斜面の、この土地に作られている。

 山の梺に幼稚園と6年生用の建物がそれぞれあり、幼稚園のすぐ横に1年生用の建物、少し登ったところに2~5年生用の校舎がある。

 各建物は渡り廊下で繋がっていた。


 私が女児に声を掛けられたのは、校舎と6年生の建物の間にある渡り廊下のすぐ外。


 6年生のクラスには山を降りながら渡り廊下を辿るとすぐについた。



 ――――

「だからー! 段ボールが作りやすいって!」

「鉄だよ鉄! 鉄最強!!」


 クラスでは、既に掃除を終わらせた子供達が輪になり、なにやら騒いでいた。

 黒板の脇ではこのクラスの担任が足を組み、議論の成り行きを見守っている。

 20代後半くらいの女性教諭。平均身長に華奢な体格にも関わらず、何事にも動じない落ち着いた空気をまとっている。


 黒板には大きな「議題:つぼみカーレース」の文字。


 近隣の小学校と対抗で、手作りマシンでカーレースをするらしい。

 段ボールや鉄は車体の材料についての議論だろう。



「せんせー!」


 声を掛けてきたのは段ボールを推していた男児。

 すぐそばまで走ってきて言葉を続けた。


「ドイツ車ってカッコいいよな!」


 その声が切っ掛けかどうかは分からない。


 ボボボボボボッ! バルンッ!


 突如、背後にエンジン音。

 振り返れば教室の入り口の外に黒塗りの外車。

 縦にVとWをあしらったエムブレムがキラリと光る。


 突如、渡り廊下に現れた独国ドイツ車はエンジン音を響かせこちらに突っ込んできた。


「えええええええ!?」


 咄嗟に男児をかばう。


 信じられないことに、独国車は幅1.5m位の教室の入り口を通り抜け、教室の端を突っ切り、その先にある開け放たれたサッシから外に出ていった。


「いやなんで通れた!?!?」


 車の横幅は入り口より明らかに広い。

 だが、大破するはずの入り口もサッシも無傷だ。


 唖然と車が走り去った方を見ていたら、あっけらかんと男児が言った。


「ドイツ車すっげえええ! これくらいの幅ならかんたんに通れるんだな!!」


 待て。


「いや! 確かに通れたけどっ! 車の横幅のが広かったよね!?」


 どう考えてもおかしいよね!?


「……だって通れたし」


 ううう。その一点を強調されると何も言えなくなるじゃないか。


「そうか、そうだよな。君らは見たものが全てだよな」


 決して嫌味ではない。己の無力さに声が掠れる。

 男児はさらに言葉を重ねた。


「ドイツ製だから通れて当然だし」

「ああ、うん……」


 小学生男子の独国車への純粋な憧れに、これ以上揺さぶりをかけるのは酷なんじゃないかと口を噤む。


 パンパンッ!


「はいっ! じゃー話し合いの続きなー」


 手を叩く音。良く通る声。

 担任だ。


「なー、せんせーもドイツ車がいいだろー?」


 さっきの男児は私の腕にぶら下がってきた。


「ん、ああ、そりゃカッコいいよね? でも、そういうのは皆と話し合……」

「そんなんじゃ、龍に勝てねーぞ!」


 急に真面目な口調になる男児。


「え……?」


 ぐらり。


 視界が歪み白い光に包まれたかと思ったら、私は独国車の運転席に座り、ハンドルを握っていた。


 道路は数メートルおきに黄色、ピンク、オレンジ……と色が変わり、道路脇や頭上にはさまざまな色や形の電飾がピカピカと光っている。


『我の勝利は揺るがぬが!! せいぜい足掻あがくがよい!!!!』


 後方から龍の声がした。

 バックミラーを確認すると、背後にスポーツカー。

 その運転席に緑の龍がいた。

 長い胴体は車内に入りきらず、後部座席の窓から外に出ている。


 何故か龍の声がここまで届く。

 窓、閉めてるんだけど。


『おもしろい!! おもしろいぞぉぉぉおお!!』


 何やら興奮気味に龍が叫ぶ。

 よく分からないけれどもハンドルを握り直し、運転に集中する。


『段ボールの車で我に挑むなど、このつぼみカーレースの歴史上、初めての珍事ちんじよ!!』


 は? いやこれどう見ても独国車ですが。


「やっぱ軽量化大事! ボディを段ボールにして正解だな!」


 段ボール推し男児の声がした。

 そちらを見ると助手席に男児がニコニコ顔で座っている。


 コースはつぼみ学園がある山の、麓から山頂までの急勾配が続く道。

 登りやすいように軽量化したのか。


「うん、細かいことはよく分からないんだけどありがとう」


 軽量化を重視しているのに君も車に乗るのか?

 という疑問は横に置く。


「段ボール部分は強度ないから気を付けてね!」

「あー、うん。気を付けるよ」


 気を付けるっていうかもうね、今話してる場合じゃないんだわ。

 後ろから龍のスポーツカーが突っ込んで来てんだわ。

 それ避けながら走るのに必死なんだわ。


 いやもうさあ! 子供乗せてんのに車突っ込んできてんじゃねえ!!


 というか、あの龍、後部座席から出てる足で走ってるね?

 いや、走ってないわ。飛んでるわ。

 飛びながら、たまにスポーツカーを持ち上げて、鈍器のようにして叩きつけてきているわ。


あいつの目的は敗者の魂だからね! レース中に奪えれば手っ取り早いってことだろ」


 淡々と男児が言う。


「なんだそれ屑の発想だな!!!!」


 どおりで狙いに躊躇がないわけだ。

 余計に負けるわけにはいかないじゃないか。


「でも、馬力はそのままだから有利!」

「え!? 龍飛んでるよ!? そんなん有利もクソもないよ!?」


 龍がどれくらいの速さで飛べるか分からないけど、やろうと思えば簡単に上空を追い越せるんじゃないのか?


「飛ぶって言っても1メートル以上飛んだら失格になるから大丈夫!!」


 なんだそのルール!!!!!!!!


「これカーレースだろ!? 車走らせろよおおおおおおおお!!」


 絶叫しながらアクセルを踏み込みシフトチェンジする。

 もう知らん。

 絶叫したら頭冴えてきた。

 そういやここ、なぜかよく走るドライブコースだわ。

 電飾や道の派手さですぐに気づけなかったわ。


 登りきったらヘアピンカーブ。

 もう一度登って軽くくだる。

 すぐ緩いカーブの登り坂。

 道の形が頭に入ってるから無茶な速度で走れる。


「はっやっっ!! せんせーすっげえええ!!」


 助手席の小学生男子の感嘆の声を聞きながらアクセルを踏む。

 運転に集中する。

 一つ間違えれば彼も道連れになってしまう。

 ハンドル操作を間違えても死、速度を緩めても死。


『はっはっはっ! 無駄なことをぉぉおお!!!!』


 龍の笑い声が聞こえるが無視無視!

 もうバックミラー見る余裕もない。

 ひたすらゴールを目指すだけだ。


 登りきった先にチェッカーフラグが見えた。

 アクセル踏みっぱなしで通り過ぎる。


 バサッ!!


 聞こえるわけのないチェッカーフラグが振られる音がした。


「せんせーすげー! 緑の龍に勝ったー!」


 男児のはしゃぎ声を聞きながら速度を緩めず山をくだる。

 だってあいつ、止まったところにスポーツカーぶつけてくるかもしれないじゃん。魂奪えれば負けても勝ちとか言いそうじゃん。


『まさか、我から勝利をもぎ取るとはな!! だが、我らは三位さんみの龍! このかたき、必ずや赤と黄色が果たしてくれようぞぉぉぉおおお!』


 おお。なんか負けを認めたっぽいこと言ってる。

 赤とか黄色とかはなんのことか分からないけど。


 チラリ。

 バックミラーを見る。

 背後にいた龍がスポーツカーごと光の粒になり天に登っていった。


「やっぱりドイツ車は強いな!!」

「うん。あいつ、車走らせてなかったけどね」


 カーレースとは?

 あの龍を正座させて小一時間ほど問い詰めたい。

 勝者権限としてそういうことできないか?

 できないか。


 目頭をグッとつまむ。

 久々に集中して疲れた。

 とっっっても疲れた。


 そんなグロッキーなこちらにお構いなしに男児は元気よく続ける。


「龍のドイツ車もカッコよかったけどな!」


 え? 待て待て待て待て。


「君は車は全部独国ドイツ車だと思っているの?」

「え? 車って全部ドイツ車だよ」

「まじか……」

 

 これはきちんと話し合う必要がある。


 口を開こうとした瞬間。

 視界が白い光に包まれながら歪んだ。

 何度も経験したから分かる。

 また違う場所に飛ばされるのか。


 薄れる意識の中で様々な思いが乱れ飛ぶ。


 結局、龍ってなんなんだ!!

 教育実習生に龍と勝負(負けたら死ぬ)なんて危険なことやらせんな!

 カーレースってだけで危険なわけで!!

 そういえばあの女担任どこよ???

 なんで自分が担任している子が乗ってるの放置してるわけ?

 私もなんでカーレース参加してるわけ?

 意識あったら絶対断ったよ??


 怒り、呆れ、脱力感。

 いろんなものが混ざり合い、結局言語化できたのは一言だけだった。



(ふっざけんなーーーーっ!!!!!!)




 ――――

「ごがっ!?」


 ……自分の声で目が覚めた。


 つけっぱなしの照明が眩しい。

 上半身を枕に預けた姿勢で、手にはスマホ。

 画面を見ると一言投稿で有名なSNSが表示されていた。


「寝落ちてたのか」


 一度立ち上がり部屋の電気を消し、また布団に潜り込む。


「なんだっけ、すごーく疲れる夢を見たような気がする……」


 思い出そうにも夢の記憶は捕まらないままガクンと眠気に引きずり込まれる。



『はっはっはっ、はははははははははははははは!!』



 意識が途切れる直前、どこかから笑い声が聞こえたような気がした。

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