済野さんは語る

「地球に宇宙人が侵略しに来るなんてあり得ないのよ」


 済野すみのさんは確かにそう言った。

 なんでそんな話になったのかは忘れてしまったんだけれど、都会から離れた山の上の展望台で、二人のんびり星を眺めながら他愛もない話に花を咲かせていたことは覚えている。


「どうしてそう思うの?」


 星を見ながら僕は尋ねる。

 いるかどうかも分からない宇宙人のことなんて別に興味はなかったが、そう尋ねた方が彼女の機嫌がよくなると知っていたからだ。


「例えば、宇宙人――これは便宜的に宇宙人と呼ぶだけだからね、宇宙人達にだって自分達の名称がきっとあるから――が、この太陽系に来たときに、一番最初に目にするものってわかるかしら」


 回りくどい話からの唐突な質問。

 でも、僕はちゃんと言葉を返す。真面目に返した方が彼女の機嫌がよくなると知っているからだ。


「――ええと、太陽なんじゃない?」


 太陽とその周りの惑星の大きさが全然違うことは、星好きの彼女と過ごして知った。地球は言うなれば太陽の周りを飛び回る青いカナブンみたいなもんだ。


「そうね、太陽なのよ」


 満足したように頷き、彼女は言葉を続ける。そうなると僕はもう聞き役に徹するしかなくなる。そして聞き役に徹する。その方が彼女の機嫌がよくなると知っているからだ。


「いい? 太陽系に来た大抵の宇宙人はきっとそれで満足して他の恒星に移動するわ。この恒星にはいくつかの惑星と無数の衛星があるがそれだけだ、とか言ってね」


 自信満々に彼女は話す。その声はなぜかとてもはずんでいた。


「だって恒星は無数にあるもの。大抵の宇宙人は、いちいちそれぞれの惑星までは調査していられないって判断を下すわ」


 嬉しそうな彼女を見ていると、僕も嬉しくなるから不思議だ。


「そして、もし仮に、万が一にも無いような仮定の話としてね」


 彼女は、しつこいくらいに念を押す。


「万が一にもないような仮定の話だね」


 僕はオウム返しに応える。その方が彼女の機嫌がよくなると以下略。


「好奇心旺盛でなんでも自分の目で見ないと気が済まないような宇宙人がいたとして、この太陽系の惑星を順番に調査して、地球に来たとするでしょ」


「うん」


 僕の相槌が必要なのかも怪しい饒舌ぶりで彼女は話す。


「そして、奇跡的にも地球の大気と母星の大気が似通っていて生活できることが分かったとして」


 ――なぜ彼女は宇宙人目線で話をしているんだろう。ふと僕は、彼女が今どんな表情で話しているのか見たくなった。


「母星への連絡手段が問題なくあって、乗ってきたスペースシップも仲間もみんな無事で、文明も母星に比べたら未発達で、この星を侵略できるんじゃないかと考えたとして――」


 話し続ける彼女の横顔を見て僕は声を飲み込んだ。彼女の眼はなぜか真黒まっくろになっていた。


「――でも、なんのトラブルもなくそこまで漕ぎつけられるわけないのよね」


 いや、それはここが星の光しかないような暗闇だからかもしれない。手元のランプを点けたくなるのをぐっとこらえ、聞き続ける。


「宇宙人が万が一この星に辿り着けたとして、母星への連絡手段もなく、スペースシップも大気圏で燃え、自分だけが生き残ったとしたら」


 いつの間にか済野さんの眼は、普段のキラキラした瞳に戻っていた。


「自分に似通った種族に溶け込んで生きていくしかないでしょうね」


 その声には、自嘲するような響きがあって、僕はもう星を見るどころじゃなくなってしまっていた。



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