文禄四年の章
第51話・参内
文禄四年正月。
年頭祝賀の為に参内する秀次と、それに相伴する列のなかに秀保の姿はあった。
共に相伴するのは、秀吉つまり太閤殿下の猶子であった八条宮智仁親王や秀次側室の父で右大臣の菊亭今出川晴季卿。また秀吉の養子宇喜多秀家や織田信忠の遺児秀信、そして小早川家へ嫁いだばかりの秀詮もある。こうした若い衆を見守るように越後中納言上杉景勝の姿もある。
彼らには公家衆も続くが、そのなかに大納言日野輝資と質勝の姿があった。
せっかくの参内、帝に挨拶ができる有難い機会であるというのに、秀保はついつい日野親子の姿を目で追ってしまう。
己の意思もなく日ノ本屈指の武家を継ぐこととなり、更には公家成までさせられた。当然作法など付け焼刃の秀保にとって、大和に暮らした先輩であり、武家にも精通している日野輝資と広橋兼勝兄弟は心強かった。
さらに資勝と兼勝の子息は秀保とも歳が近く、会えば歓談することもあった。
だが帰国してからは、今ひとつの風聞が聞こえてくる。
風を起こすのは佐渡守藤堂高虎である。
高虎が内衆を用いて様々探らせているように、秀保もまた安芸忠左衛門、野田半左衛門、戸田源左衛門、高崎半右衛門といった内衆を用いて大名衆を探らせている。
その中で輝資・兼勝兄弟が高虎に接近していることを探知したのである。にわかには信じられないが、京中を吹きすさぶ風聞の数々の大元は、この兄弟の喉であるという。
そんな昔物語みたいな陰謀家が、今の世の中に居るわけが無い。おおよそ高虎方が敢えて流しているものなのだろう。
祝賀は厳かに、少々の酒飯をつつきながら進む。音曲を聴き、宇喜多秀家の武勇伝に盛り上がる。この日の主役の一人は、任官の御礼も兼ねていた秀家その人であった。
盛り上がる話に秀保も笑みや相槌で場を盛り上げようと必死だ。兄関白もまた同様に、盛り上げようと猥雑な冗談を飛ばし、寡黙な上杉景勝は静かに笑っている。
そうした頃、一人の公家が思いがけないことを口にした。
「それでいきますと、大和中納言様はこの一年を如何にお過ごしになられましたかな」
よもやこの場で、自身に矢印が向くとは考えてもいなかった秀保は驚いた顔を見せる。
だが声の主を見て気持ちは一瞬で落ち着いた。
勧修寺光豊卿は武家伝奏を務める勧修寺晴豊の子息で、彼もまた天正初頭に生まれた若き公家である。
特筆すべきは彼がこの一年、ちょくちょく大和を訪れていたことで、秀保もよく知った存在であることだ。
「如何に、とは」
「ええ。昨年の年始のことを振り返りますれば、中納言様は遠く名護屋の陣幕より帰国したばかり。それから一年、久方ぶりの天下の円心での暮らしは」
「はあ。考えますと、肥前営中での最前線を守る暮らしは緊張感が御座いました。この一年、畿内では名護屋に居る頃よりも慌ただしく、それでいて刺激的な日々。無論、郡山の館の心安は筆舌に尽くしがたいものあり。まあどちらも甲乙つけがたいですな」
「それは宜しうございますな」
和気藹々とするなかで、衆目秀保に注目している。それは御簾の奥からも同様であり、名護屋で味わった緊張感とは別種のものである。
「春になれば関白殿下も御渡海あそばされると伺いました」
ふと上杉景勝が口を開く。
後から考えれば彼の言葉は不用意極まりないものであったが、今このときは誰しも酒の肴だと思っていた。
「関白が御渡海あそばされるとなれば、この天下は寂しくなりましょう。いやはや一体誰が統べましょうや」
大納言日野輝資は憚らないところがある。
「ああ失敬。地位としての関白、にございます故、他意は御座いませぬ」
冷や汗をかく菊亭今出川晴季を尻目に輝資は独演を続ける。
「聚楽第の仮主は、備前殿か、大和殿と相成りましょうや。殿下も頼もしき御弟君たちに恵まれ申した。我ら公家衆も尽力致す次第。のう勧修寺殿」
武家の良き宴は、公家衆の良い宴へと成り代わる。冷や汗の晴季とは異なり、この日の秀次は我関せずといった表情をしていた。
それを見て、さしもの資勝も侮ってはならぬと心したのである。
「ったく奔放な大納言には困ったものだ。関白殿も、あのような言説を真に受けること無きように」
聚楽第に戻り、晴季は関白秀次に語りかける。
「構いませぬ。あの程度の御方である、というだけなのです」
「頼もしや。それでこそ関白であらっしゃる」
「ま、日野大納言様が仰せになることも、わからんでもない」
「弟君のことか」
「気がつけば、あれも見違えるようになってきた。誠に俺の弟なのかなと言いたくなる程だ」
「傍目には、良い御兄弟に思えますわい」
「間もなく従妹が毛利の倅へ嫁ぐ。何やら市中で執り行うそうだが、評価を下すのはそれからで良いだろう」
「この国を託すに相応しい仁であるか、見極めるというところですな」
こうしたところで耳敏いのが藤堂高虎である。
家中の同名平助から報告を受けると、思わず両手を高くあげてしまう。
「全くあの御方は……」
こういったとき、家中の気の利くものは何か慰めの言葉の一つや二つでもかけてくれるものだが、この正月の忙しい日の側に在る男は違った。
「関白殿下が御渡海あそばされるのに、殿はこの国に残る」
矢倉秀親である。
彼は微禄の三功臣ですら拒む仕事を、そつなくこなす家中随一の仕事人にして、紀の国では鬼と恐れられる今一番勢いに乗る家臣である。
「大右衛門」
隠そうとしない、むき出しの闘志は、暑苦しくも高虎の足りない部分を補う貴重な存在だ。
「関白殿下の代役が中納言様となれば、殿は関白代の補佐となられる。さらに」
「何だね」
「万に一つのことを考えたのなら……」
誰しも一度は考えることだ。だが妄想や空想と違い、今ここで立場のある武将と家臣が正月早々京都の宿所でする話では無い。
「めったなことを言うものでは無い。関白は貴様の旧主ではないか」
「それは村山の話。今は藤堂の矢倉大右衛門に御座る」
「都合のいいもんじゃ。まま、大右衛門が言わんとせんことも、わからんでもない」
「血筋だけで申せば、聚楽の誰よりも殿は京中を統べるに相応しい。まあ殿はこのような話は嫌いでしょうが、これも多賀の血を引く殿の宿命に御座る」
「湖国の士は誰もが同じように多賀の血を強調するがね、そこまでのもんではなかろうぞ」
「何を仰る。北郡に闘志と戦乱をもたらしたのは、多賀の御一族に御座る。我ら北郡に火をつけた多賀の流れを汲む殿にも、期待を寄せることは川が流れるように自然な成り行きにて。更に言えば、藤堂の御家に在す北郡の衆は、多賀のみならず藤堂備前守様の薫陶を受けた祖を持つ者もあり。我が村山党も同様に御座る」
秀親の目は、熱狂を帯びている。まるで術士にかけられたような、これほどまでの狂気が無ければ武勇の藤堂家では出世が難しいのか。高虎は少し家中の制度を整えた方が良いのかという気分にもなる。
「俺の知らない先祖の話をしてくれるな」
「あれ、亡き信州様から聞いておりませんでしたかな?」
「前の新左衛門、つまり多賀経家公と政経公に材宗公の話は何度も聞かされておる。藤堂の話は詳しうない」
「主を置いて逃げた経家公?」
「主の逃げ道を切り拓いたと言いたまえ」
「ふうん」
「可笑しいかね」
「御歴々こそが北郡に意地と力を与えくれた存在。そこまで知っておれば問題ありませぬ」
そう笑うと、すぐに真面目な秀親の顔に戻る。
「わしら北郡の衆もですな、多賀と藤堂の御旗を、この市中に立てたいと思うて御座る」
天文の時代、多賀貞能の父豊後守貞隆は高虎の父など甲良の精鋭を率いて入京した経験がある。そこに北郡の旧多賀勢力は無かったから、その血を汲む秀親たちは
「次こそは」
との想いを抱いて居るのだろう。
京中に旗を立てることは戦行列なのだから、これも軽々に口にすることではない。しかし有能な家臣たちの熱い情熱、長崎で教わった南蛮の言葉では「もちばしよん」とでも言うらしいが、そこに水を差すのは主としてつまらない。
秀親ほどの人物が、ここまで口にして言うことは、高虎はそれほどまで高く買われ、求められている証でもある。
既に家中では禄を増やしたいという欲求が父虎高を中心に湧き上がり、出世競争を勝ち上がる矢倉秀親周辺では、何か刺激を求める向きがあるらしい。
士どもの欲と鬱憤はどうしたものか。
天井を見ながら高虎は太閤殿下の姿を思い浮かべ、天下人の孤独を垣間見る。
「旗を立てるならば、まずは名を知らしめねばならん。ちょうど我らにはその機会がある。まずは目の前の婚儀を成功させねばな」
お任せください。矢倉大右衛門はほくそ笑んだ。
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