睥睨するは極光か太明か

初月みちる

序章

都市伝説か現実か

「どうしてここが分かったの」


ノックをしたが返事がなかったのでいきなりドアを開けると、目の前の性別不明な人物が目を丸くしてこちらを見ていた。


「いやあ、勘ですかね」


へらへらして俺は答える。答えになっていない答えを。首元にナイフが突きつけられてもお構いなしだ。案の定その人物は明らかに猜疑心を見せる。そんなに驚くことなのだろうか。確かに闖入者なのは認めるが。


「そんな、訳」


「あり得ないことではありませんよ。秘匿されし十三師団長、オーロール殿」


「う、そ………」


あっさりと本名を呼ばれたことで、努めて無表情を維持しようと思ったが怯えに支配されていて呆気なくその努力が無駄になる。それほど驚かれていたのはこちらとしても心外だ。


「一体何をそんなに驚いているのです? 自身が透明人間にでもなったおつもりか」


図星だったらしい。わずかにナイフを持っている手が震えている。


「で、出ていって下さい」


震える声で威嚇されても何も怖くないのだが。この部屋の主はずいぶんと抜けているらしい。


「いやいや、せっかくなんです。土産話もたんとありますよ。貴方は昼間殆ど出られないようですが、情報は必要でしょう?」


(何でそこまで知ってるの)


一体どこでそんなことを嗅ぎ付けて来たのか。この特異体質のことを知っているのはたった二人だけのはずだった。


「あなた、は、何?」


「誰? ではなく何? ですか。面白いですね」


にっこりと目の前の彼が微笑む。


「私はニンブス、ニンブス=プランタジネット。東の国の騎士ですよ」


(何故他国の騎士がこんなところに? いや、それよりも)


「どうしてこんなことに……」


その人物の呟きは彼に届くことはなかった。




***


「なあ、知ってるか? あの都市伝説」


話しかけられた彼は少し首を傾げたが、やがて思い出したように口にした。


「都市伝説? もしかして幻の師団のことか?」


酒場独特の騒々しさのせいで一緒に酒を嗜む同僚の声がえらく聞き取りにくい。散々眉を顰めながら何とかして彼の声を拾おうと躍起になる。


「そ。十三師団だよ! 実在してるらしいぞ。欠番扱いだがな!」


この国には師団が十二だけ存在する。十三は欠番なのだ。どうして欠番がそのまま残っているかは全く分からない。


(そもそも存在しているかどうかが疑わしいんだが……)


別に一兵卒である自分が知っててもどうってことはないのだが、純粋にその内容は気にならないと言えば嘘になる。


「ただの都市伝説じゃないのか?」


「いや、それがさ……」


安い酒なのだろう。今日はよく酒が回る。それなのに持っているジョッキの中身は瞬時に空になった。


「十三師団って師団長しかいないらしい」


彼は目をしばらく瞬かせていたが、何とも間抜けな声を出してしまった。


「は? 師団なのに部下とか兵卒がいないということか? そんな馬鹿な話が」


「あるんだよなこれが。しかも軍なのに前線展開もしなければどの区画にあるかも不明だ」


「……それは最早軍とは呼べないだろう」


眉をひそめる彼に、同僚も何度も頷いた。


「本当にな。諜報か、または遊軍として暴れてるって話もある。そっちの方が信憑性はあるんだが」


「しかしそれだと軍にする意味はない。肩書も師団長なんてそんな仰々しいものはいらんし」


彼は頭を振った。いくらなんでも訳が分からなすぎるのだ。同僚が酔った勢いで嘘八百を並べるとは思えないが、それにしても妙である。


「ほんと謎だよなー。隊長クラスなら納得なんだが」


(でも興味あるな。十三師団長)


ジョッキを傾けながら同僚の言葉に耳を傾ける。真面目に騎士をやろうと思ってはいたが、こういった謎も解明するのは中々楽しそうだ。普段はそういったことを考えることはないのだが、せっかくだ。きな臭い感じはなさそうなので正体だけ見極めよう。


「もう少し聞かせてくれるか? 奢るから」


情報料にしては安い方だろう。勢いの余りそう申し出たが、同僚は二つ返事で都市伝説の全貌を教えてくれた。



***

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