第66話
大人しくジャネットの後についていくと、ピタリと足を止める。
ホールの端でジャネットと対峙していた。
二メートル程、離れた場所でゼルナと気まずそうなフレデリックは立っていた。
「何でしょうか?」
「随分と調子に乗ってるじゃない!ウェンディ……!」
「……」
「今日はお願いがあってきたの……!フレデリックは返してあげるから、ゼルナ様を頂戴!!今すぐにッ」
その声には焦りや怒りがこもっていた。
お願いというよりは半ば脅しに近い言い方ではあるが、そんな言葉に素直に頷く事は絶対にない。
尚も平然と奪おうとするジャネットに大きな怒りが込み上げてくる。
罵倒したい気持ちを抑えながら、そっと唇を開いた。
「何を言っているのか意味が分かりません。お母様の話ではないのですか?」
「はっ……頭が固くて嫌になっちゃう!そういうところお母様にそっくり……ああ、元お母様だったかしら」
「…………」
「ふふっ、お母様ったらお父様に追い出されたのよ?捨てられたの!!あの年で平民なんて可哀想よね……あんなに尽くしていたのに、愛人に全て取られて、本当惨めだわ!!」
グッと手に力が篭る。
最後まで娘の幸せを想い、懸命に諭していた母の気持ちを考えると胸が痛い。
その言葉にも動じることなく真っ直ぐにジャネットを見つめていた。
ここで挑発に乗ったところで、此方が損をする事は今までの経験で分かっている。
「言いたい事はそれだけですか……?」
「なっ……!?」
「もうゼルナ様の元に戻っても宜しいでしょうか?」
「はぁ?わたくしの話を聞いていなかったの!?」
「…………」
「だから"交換しよう"って言ってるのよッ!!」
徐々に声量が大きくなっていく。
それでも何も言わないフレデリックに疑問を感じていた。
今にも爆発しそうなゼルナを視線で制す。
(ここは、私が言わなきゃいけない……!)
フレデリックの時と同じで、自分が望めば手に入ると本気で思っているのだろうか。
それに此方はもうゼルナと婚姻関係にある。
交換しようなんて、どう考えても有り得ない。
出来る訳がないのだ。
いつまでも現実を見ようとしない姉に、しっかりと事実を伝えるべきだろう。
「ハッキリと申し上げます。出来ません」
「無理なはずないじゃない!お父様だって良いって言って下さるわ」
「いいえ、お父様だって言わないわ」
「ッ、そんな事ない!!!それにフレデリックだって何も言わないもの!!不満がないってことでしょう!?あとはアンタが頷くだけよ……!」
「…………」
(私が頷くだけ……?馬鹿にしないでよ)
まるで子供のおままごとのようだ。
どうして自分は絶対に受け入れられると思い込んでいるのだろうか。
そこにゼルナの意志は関係ないのだろう。
まだ姉は、ゼルナに名前を呼ばれることすら許可されていないのに……。
(可哀想なお姉様……)
幼い頃は憧れでキラキラと輝いていた姉の姿が、今ではすっかり変わって見えた。
自分の幸せの為に人を傷付け、当然のように蹴落としていく。
忠告にも注意にも耳を貸さずに、手に入るまで叫び続ける姿を見て惨めだと思った。
「……お姉様」
「何よ!!」
「お母様は……お姉様に変わって欲しいと願っていました」
「わたくしに変わって欲しいですって!?変わるべきなのはお母様の方でしょう!?だからこんな目に合うのよ……!」
「…………」
「わたくしは早く手続きをしたいのッ!こんな地味で貧乏臭い婚約者なんて御免だわ!!それに貴女よりも、わたくしの方がずっとゼルナ様の隣に相応しいと思わない?」
「……思いません。私は、ゼルナ様を心から愛しています」
「は……?」
「ゼルナ様は私に本当の愛を教えてくれました。とても大切な人です」
「……っ、そんなに自信があるのなら、わたくしとゼルナ様の話すチャンスを頂戴!!ゼルナ様は貴女に気を遣っているだけよ!可哀想だわ」
「お姉様……考え直して下さい」
「意味分かんないッ!!だから、フレデリックとゼルナ様を……!!」
そんな姉の言葉を遮るように後ろから声が掛かる。
「ーーー交換、出来るわけないじゃん?」
「話しても無駄だよ。言葉が通じないって分かっているだろう?」
「まぁな……でも、これはいくらなんでも馬鹿すぎるだろう?」
「此処までくると、むしろ哀れだな。ジャネット・デイナント」
背後から現れた人物に、目を見開いた。
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