第65話
そう考えていると、キョロキョロと辺りを見回しながら早足で此方に歩いてくるジャネットの姿が目に入る。
そして此方の姿を見つけた途端、信じられないとでもいうように大きく目を見開いた後、ブルブルと肩を震わせた。
「何よ、そのドレス……!!」と、不満そうな低い声が耳に届いた。
ジャネットの着ているドレスを見ると、やはり欲しがっていたドレスショップのドレスは買ってもらえなかった様だ。
本当はフレデリックに買ってもらったドレスだと自慢したかったのだろうが、以前見たことがある自前ドレスを着用しているようだ。
焦ったような表情で少し遠くから此方を見ているフレデリックも気になるところだ。
この間見た時よりも覇気がなくなり、かなりやつれているように見えた。
婚約を解消しているかもと思ったが、共にいるところを見るに、二人はまだ婚約関係にあるようだ。
やはり国で一番、大きなパーティーの前に婚約を破棄する事は避けたかったのだろう。
「ウェンディ……ッ!!」
「……ごきげんよう」
「今すぐ大切な話があるのよッ!!早く来て!」
「……」
以前の経験からゼルナの前で何かを言うのは良くないと学んだのだろう。
けれど、わざわざ文句を言われる為に姉について行く必要はない。
きっと母が言っていた『ウェンディにフレデリックを返すわ!』『わたくしがウェンディの代わりにマルカン辺境伯のゼルナ様の元に嫁ぐから』と直接、言おうとしているのだろう。
自分が言えば全て願いは叶うと思っている彼女は、ずっと物語に出てくるお姫様のままだ。
そんな事は絶対に出来る訳ないのに……。
そして、思い出すのは母の言葉だ。
『ウェンディ、あの子は貴女が羨ましいのよ』
いつもいつも此方を見下していた姉が"羨ましい"と思っていたのだろうか。
今思えば性格も、歩んで来た道も真逆だった。
だからこそ、互いにそう感じたのかもしれない。
しかし今度はフレデリックの時とは何もかもが違う。
もう立場を譲るつもりも、黙って引くつもりもない。
「……今は国王陛下に挨拶をするところですので」
「あのぉ……ゼルナ様、ウェンディをお借りできますか?今すぐに話さなきゃいけない大切な話なのですっ!!」
「以前も言ったけど、気安く僕の名前を呼ばないでくれないか?許可した覚えはないよ」
「……ッ」
ゼルナに拒絶された事が悔しいのか、ギロリと此方を睨みつけてくる姉に反撃するように此方も睨み返す。
瞳は怒りからか血走って、唇をグッと噛んでいる姿を見ながら、冷静に考えていた。
"何で思い通りにいかないの?"
そんな心の声が、此方まで聞こえてくるような気がした。
フレデリックは何を言う訳でもなく、ただ見ているだけだった。
「いいから来て頂戴ッ!!」
「嫌です」
「何ですって……!?」
徐々にジャネットの仮面が剥がれ始める。
姉が面倒な性格だと知っていたので、いつもは聞き流していたのだが、もう彼女に配慮する必要はないだろう。
「……お母様の事よ!聞きたいでしょう?」
「…………」
「ふふっ……手紙の返事が返ってこないから気になるんじゃない?」
その言葉と笑い声を聞いて、衝撃を受けて目を見開いたまま固まっていた。
何故、笑いながら母の事を話すのか……そう考えるだけで、はらわたが煮えくりかえりそうだった。
母が今、何処にいるのか知らない姉は、この話ならば絶対に付いてくるだろうと分かっていて言っているのだろう。
反応を返した事に気を良くしたのか、先程とは一転して余裕の表情を浮かべている。
「…………。ゼルナ様」
「僕も同席しよう。此処は目立つし、皆の迷惑になってしまうからね」
「ゼ、ゼルナ様は彼方でフレデリックと話していて下さいまし!二人きりで話さなければならない大切な話なんです」
「はぁ…………何故、僕が君の言葉に従わなければならないんだ?」
「……え?」
「それに僕はウェンディを守る義務がある。愛する妻には少しも辛い思いをして欲しくないんだ」
「……っ!!」
「ゼルナ様……」
「ウェンディを傷つける事があるのなら、僕は君を許さない……たとえ姉妹だろうと関係ないよ」
ゼルナの気迫ある言葉に、ジャネットは流石に怯んでいるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます