第63話


父を追いかけようとするジャネットをこのまま放っておけば駄目になってしまう……そう思い、懸命に諭そうとしていたが、ジャネットは怒りをぶつけるようにして暴言を吐き散らしていた。

いつものように癇癪を起こして「邪魔ッ」と叫んだ拍子に、花瓶を投げられて頭に傷を負ったそうだ。


ジャネットは怪我をした母を放置して、父の元に向かった。


簡単に手当てした後に、流石にどうにかしなければと父の部屋に向かうと、ジャネットの姿はもうなかった。

部屋のものは散らばり、荒く息を吐き出す父と話し合おうとするものの「こうなったのは、全てお前のせいだ!」「早くアイツをどうにかしろ」と口論になり、父との関係は更に悪化した。


母が屋敷や仕事をしなくなると何もかも上手くいかなくなった事で追い詰められた父は、苛立ちをぶつけるように「役立たず!!」「お前とは離縁してやる」という言葉に、母は「どうぞ、ご自由に」と答えたそうだ。


その言葉に怒り狂った父と揉み合いの喧嘩になり、結果としてこのような形になってしまったそうだ。



「そんな……」


「あの子に、わたしの言葉は届かなかった……でもこのままじゃいけないと思って、必死だったけど、もうダメかもしれないわ」


「……っ」



顔を手のひらで覆う母を見ると胸が痛んだ。



「まさかこの年で離縁されるとはね……」


「…………お母様」



憔悴しきっている母は顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうだ。

母に寄り添いながら少しでも不安が和らぐように手を握っていた。


そんな時、扉の向こうから大きな声が響く。



「ハハハッ!!パーティー前に仕事を片付けて帰ったぞ!ゼルナ、ウェンディ……いるか?」



扉が勢いよく開くとマルカン辺境伯と目が合った。

辺境伯は母と此方を交互に見て、ただならぬ様子に目を見開いた後に眉を顰めた。


そしてゼルナが状況を説明すると、迷うことなく「怪我が治るまで滞在した方がいい」と、母に勧めた。

しかし母は首を横に振った。「ウェンディに迷惑を掛けたくないから」と。

辺境伯は一歩も引くことなく「せめて怪我が治るまでは安静にしているように」と母を納得させるように引き留めてくれた。

何度も御礼を言うと、辺境伯は「家族だからね」と優しく頭を撫でてくれた。


そして母はマルカン邸に暫く留まることになった。



「母の事……ありがとうございます」


「いいんだよ……」


「…………」


「……ウェンディ」



夜、ゼルナと共に話しをしていた。

母がこれからどうするつもりなのか、良い方法がないかと考えていた。


それに気になるのは姉の「ウェンディにフレデリックを返すわ!」「わたくしがウェンディの代わりにマルカン辺境伯のゼルナ様の元嫁ぐから」という言葉だ。


(お姉様は、一体何を考えているの……?)


非常識な言葉と行動に驚かされるばかりだが、それでも実際に姉にフレデリックを奪われている。


(もし……ゼルナ様まで奪われてしまったら?)


そんな事は絶対にあり得ないと思いつつも、不安が頭を過ぎる。



「パーティーは慎重に動こう」


「あ…………はい」


「ウェンディ……僕は絶対に君を裏切らないから」


「ッ……」



頬に伸ばされた温かい手のひらを包み込むように握りしめた。



「…………私は、ゼルナ様を信じています」


「そこは愛しているじゃないの?」


「ふふっ!勿論、愛しています……ゼルナ様」



しかし、そんな考えはゼルナのお陰で一瞬で吹き飛んでしまった。

フレデリックの時とは何もかもが違うと今ならば分かるのだ。


ゼルナに愛されている。そして彼を心から愛している。

ならば、堂々と前を向くべきだろう。


(私はゼルナ様を信じてる……お姉様には渡さない。もう何をされようとも絶対に負けないわ)


もう奪われて泣いているだけじゃいけない。

大切なものを守る為に自分も戦うべきだろう。



「ありがとう……ウェンディ。僕も君を愛しているよ」


「こちらこそありがとうございます。おやすみなさい」


「…………おやすみ」



部屋の明かりを消して、ウェンディの瞼が閉じるのを確認してから頭を撫でた。

無意識に緊張していたのだろう。

彼女は服を此方の手を固く握りながら離してはくれなかった。


指を外してから、そっとベッドから離れる。

扉の外にはハーナとセバスチャンが待機していた。



「セバスチャン、父上は……?」


「お部屋に待機しております」


「直ぐ行く。ハーナ、ウェンディを頼む」


「かしこまりました」


「……これ以上ウェンディを悲しませる事は許さない。絶対にだ」


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