第62話
何曲か踊ってみるものの足がもつれる事もなく、靴が脱げそうになる事もない。
ゼルナは「一体、何が心配なんだい?」と不思議そうにしている。
それに彼もダンスがそこまで得意ではないと聞いて驚いていた。
自分でも何故なのか分からずに、訳を話すとゼルナは一瞬だけ眉を顰めたが、直ぐに笑みを浮かべてこう言った。
「それは、きみの元婚約者が独りよがりな動きをしていただけじゃない?」
「え……?」
「ダンスは二人で息を合わせて踊るでしょう?今、踊ってみて分かるけどウェンディはちゃんと此方に合わせようとしてくれているよ」
「………」
「僕は踊りやすいと思ったけどね」
ゼルナにそう言われて初めて気付く。
確かにフレデリックとは違って、セバスチャンやゼルナは此方を気遣いながら動いてくれていたのだと……。
(……そうだったのね)
長年の悩みがアッサリと解決した事にスッキリするのと同時に、フレデリックとの思い出がどんどんと色褪せていく気がした。
最近ではフレデリックと結婚しなくて良かったと思う程だ。
考え込んでいるとゼルナに「少し休もう」と抱え上げられてしまう。
その後、ポツリと不機嫌そうに呟いた。
「……他の男の事なんか、もう考えなくていいよ。ウェンディはこれからずっと僕と踊るんだから」
「ゼルナ様……」
「こうすれば余計な事を考えなくてすむだろう?」
「ふふっ、はい」
ーーそんな時だった。
「……ウェンディ様ッ!!デイナント子爵夫人がいらしています!直ぐにいらして下さい」
「お母様が……!?」
「行こう!!」
サロンで待っているという母の元に急ぐと、そこには……。
「ーーーッ!?」
腫れた頬を氷で冷やして、頭には包帯が巻かれている痛々しい母の姿を見て言葉を失っていた。
動けないでいると、此方に気付いた母が申し訳なさそうにしている。
「ウェンディ、ごめんなさいね……大切な時期に迷惑を掛けてしまって」
「お母様、これは……一体なにがあったの!?」
「……旦那様に離縁を言い渡されたの。愛人を後妻に迎え入れるらしいわ」
「…………っ!!」
思わず、母の震える手を握る。
父が母に対してこんな仕打ちをするなんて信じられない気持ちだった。
「わたしはいいの……それよりもアルフが心配だわ!信頼出来る侍女達には頼んできだけれど、あの人がアルフに対してどうするのか……考えるだけでもうッ」
「…………お母様」
「本当はアルフも連れて行きたかったけれど"デイナント子爵家の大切な跡継ぎだから"と……!もしアルフが辛い目にあったらどうしましょう……!!」
こんなにも取り乱す母の姿を初めて見た気がした。
動揺を必死に抑えながら震える背を摩る。
あまりのショックになんと声を掛ければいいか分からなかった。
怒りや悲しみ、不安や心配で言葉が詰まる。
ここ数日、母は暴走を重ねるジャネットを止める為に必死に動いていたそうだ。
何故ならば「ウェンディにフレデリックを返すわ!」と訳の分からない事を言い始めたからだそうだ。
それを聞いて、この間の一件を思い出していた。
ゼルナに擦り寄ろうとする姉の姿が今でも目に焼き付いている。
「わたくしがウェンディの代わりにマルカン辺境伯のゼルナ様の元に嫁ぐから」と、父に言っているのを聞いてしまい、そこで言い争いになったようだ。
「まさか……お姉様がそんな事を!?」
「"そうすれば何もかもが元通りだから"って……もうあの子が何を考えているのか分からないわ。どうしてこんな事に……っ」
父に「その為の手続きをして」と詰め寄っていたのだが、父も「有り得ない」「話にならない」と拒否して部屋を出て行ったそうだ。
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