第23話
分からないところはマーサに教えてもらいながら必死にやり方を覚えていった。
最初はやはり辛いと思う事もあったが、毎日繰り返すうちに慣れていき、スムーズにこなせる様になっていった。
ゆっくりと過ぎる時間……。
王都に住み、ニルセーナ伯爵家に嫁いでいたら、こんなにも心穏やかな日々は過ごせなかっただろう。
ニルセーナ伯爵夫人はいつも「伯爵家の為には」「嫁いでくるならば、こうあるべき」だと懸命に説いていた。
もっと上の爵位を得る為に、伯爵領を盛り立てていこうと気合い十分だった。
そんな期待に応えなければと、いつも勉学に励んでいた。
少しでも夫人に認めて貰いたいと思っていたからだ。
その時に蓄えた知識が今になって役に立つとは思わなかった。
自分の事を全て自分でやるのは苦労もあるが、前向きに受け入れる事が出来ている。
あの日からゼルナと顔を合わせたり、会話したりすることは殆どなかった。
けれど此処に居る事に文句を言われた事は一度もない。
居候のような生活で、確かに想像していた結婚生活とは全く違うけれど、これはこれで幸せだと思い始めていた。
何より今までにない新しい発見が沢山あったのだ。
それにこんな体験は王都にいたら絶対にできないだろう。
動物と自然に癒される日々。
自分で作る食事の美味しさや働いてくれている人達への感謝。
此処に来なければ、知る事が出来なかっただろう。
自由でのびのびとした生活は慣れてしまえば、とても充実していた。
それに一番驚いたのは、あんなにひ弱そうなゼルナがとても強かった事だろうか。
ある日「猛獣が現れた」と従者が知らせにやって来た。
初めての事に狼狽えていたのは自分だけだった。
皆「今夜は楽しみだ」と言っていたが、言葉の意味が分からずにいた。
そんな時、ゼルナがブルを連れて平然とその方向に向かっていく。
何の武器も持たずに……。
心配になり引き留めるようとすると、マーサが「坊ちゃんはとても強いので大丈夫ですよ」と言って笑っていた。
けれどその猛獣を捕まえる為に犠牲者は沢山出ていると聞いた事があった。
ハラハラとした気持ちでゼルナが帰ってくるのを待っていた。
「…………ただいま」
ゼルナは何の武器も持たずに出て行ったのにも関わらず、無傷で帰ってきたのだ。
(凄い……ゼルナ様は、噂通りとてもお強いのね)
感動したのも束の間、ゼルナが平然と引き摺っている猛獣が目に入った瞬間……。
「ーーヒッ!?」
驚き過ぎて言葉を失い、後ろに倒れ込んだのだった。
「ッ、ウェンディ様!?」
「……!!」
それからは気を遣ってくれたのか、丸ごと持ち帰る事は無く捌いてから肉を持って帰ってくれるようになった。
その日の夜は今まで食べた事のない分厚い肉を焼いて食べたのだ。
(っ、美味しい……!!)
頬が蕩けそうな程に柔らかい肉だった。
こんなに美味しいと思ったのは初めてで感動と共に興奮していた。
それに畑で採れた野菜や採れたての卵が、こんなにも美味しいなんて今まで知らなかった。
色々な意味で驚きの連続だったが、自分でも驚く程に受け入れる事が出来ていた。
毎日、マーサ達と共に温かい時間を過ごしていた。
しかし''妻"らしい事を何もしていないのが心苦しかった。
(……このままでいいのかな)
そして母から届く手紙……そろそろ返信をしなければと机に向かう。
自然に囲まれて、動物が沢山いる事。
屋敷で働く人達に良くしてもらっている事……。
心配させないように書いていくものの、母が安心するような夫婦関係とはかけ離れたものだろう。
だが心配させてしまうかもとゼルナとの関係は伏せようと思っていた。
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