第24話
もしこんな生活をしている事を知れば、母は自分を責めるだろう。
あの時も侍女達に「誰かウェンディについて行ってくれないか」と泣きながら頼んでいたのを知っていた。
そんな母を心配させないようにと、ある頼み事をして返事を待っていた。
(嘘はついていない……きっと、お母様だってこれを見て安心してくれる筈)
数日後、母から返信が届いた。
分厚い封筒の中には何枚かのレシピが入っていた。
手紙には「上手くいっているみたいで良かった」「頑張ってね」と、書き込まれていた。
(……ありがとう、お母様)
ゼルナの為に料理を作りたいから、シェフに頼んでレシピを教えてくれないか、と頼んだのだ。
そう書けば、ゼルナとの関係も上手くいっていると思えて安心出来るだろうと考えたからだ。
それに近々、ゼルナとマルカン辺境伯の為に料理を作ろうと思っていた。
最近、毎日台所に立っているマーサと共に練習していた。
頭にはしっかりと知識として入っている筈なのに、野菜すら上手く切れなかった。
卵も割る事が出来ずに粉々に殻が砕けてしまい、激しく落ち込んでいた。
そんな時にマーサから渡されたのは数冊のノートだった。
それはマルカン辺境伯夫人……つまりゼルナの母のものだった。
戸惑いつつもマーサに確認を取り、ノートを開くとそこには料理日記が書かれていた。
一日目、今日は野菜を半分に出来た。
二日目、今日は初めて卵を持った。意外と重たかった。
一行日記のようだったが、どんどんと料理が上達していく様子が書かれていた。
そして最後には複数のレシピが書き込まれていた。
顔を上げてマーサを見ると「大丈夫ですよ、ウェンディ様……ゆっくりでいいのです」と優しく励ましてくれた。
それには今まで我慢していた涙が込み上げてきたが、マーサに心配を掛けないようにぐっと堪えて御礼を言った。
それから日記を読んでヒントを得つつも料理の腕を磨いてきた。
時間は掛かってしまったが、なんとか形になってきた時にマルカン辺境伯が帰宅するという知らせを受けたのだ。
マーサに相談しつつも、マルカン辺境伯が屋敷に帰る日に合わせて料理を作ろうと決めていた。
辺境伯が一番喜ぶ事だから、とマーサに聞いたからだ。
そして日記に載っていたレシピと、母から送られてきた自分が好きだった料理を作ろうと気合い十分だった。
(大丈夫かしら……)
令嬢達の間では目が合った瞬間に倒れてしまう程に怖いということで有名だったマルカン辺境伯に会うのは正直不安だった。
(気に入らないって言われたら……?話が伝わってないって事はないわよね。だって判子は押してあったもの!それに…………もし出てけって言われたらどうしよう)
マルカン辺境伯に嫁いで来てから、顔を合わせるのは初めての事だった。
震える手でマーサと共に食事の準備を進めていた。
いつもより緊張しているのが分かったのか、マーサは何度も「絶対に大丈夫ですから」と言って励ましてくれた。
辺りが暗くなった頃……ゼルナがブルと共に屋敷に入る。
毎日、同じ時間に屋敷の中に入ってくる事が分かっていた。
ドキドキとする胸を押さえながら深呼吸をしていた。
(ゼルナ様……御一緒してくれるかしら)
偶然、食事を共にする事はあったが、こうして自分から誘う事は今までなかった。
玄関に顔を出すと、ブルが嬉しそうに尻尾を振りながら側に来る。
頭を撫でながらゼルナに声を掛けた。
「あの……ゼルナ様」
名前を呼ぶと大袈裟な程にゼルナの肩が大きく揺れた。
「き、今日は……マルカン辺境伯が帰ってくると聞きました」
「………」
「それで……その」
「………」
「一緒にお食事をするのは、如何でしょうか……?」
ブルが固い空気に気付いたのか、二人の間を行ったり来たりと往復している。
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