第6話


真っ黒な封筒は、令嬢達の間でも評判が悪かったようだ。

内容を目にして、その理由が初めて理解出来た。


(これって……)


手紙には箇条書きに条件が書かれている。

一つずつ目で追っていく。


『動物が好きか』

『贅沢をしなくてもいいか』

『自分の事は自分で出来るか』


到底、理解出来ない言葉ばかりが並んでいた。

貴族の令嬢には多少厳しい条件が書かれている故に、今まで誰も返事をした事がないらしい。


少しでも良い家へ嫁いで、良い思いをしたい令嬢達にとっては真逆の内容だった。


そして不可解ともいえるのが『どんな僕でも受け入れてくれるか』『絶対に裏切らないか』という一文であった。


(変な手紙……)


確かにこれでは誰も結婚の申し出を受けないだろう。

けれどゼルナはこの条件で結婚相手を募っている。


以前、ジャネットの元にも黒い封筒が届いたのを見た事があった。

恐らく仮面の下を見ても、逃げ出さないかという意味だろう。


『君が裏切らないのなら、僕も絶対に君を裏切らない』


最後には、そう書かれていた。

普通ならば意味がわからな過ぎて気持ち悪いと思うだろう。

けれど今の自分には『絶対に裏切らない』という言葉に強く強く惹かれたのだ。


(馬鹿みたい……こんな言葉を信じるなんて)


裏切られたばかりの今の自分にとっては、一番欲しているものだった。

たとえ、それが嘘だとしても。


殆ど顔も合わせた事のない男性の元に嫁ぐ事になろうとも、此処に居るよりはマシだ。


どんなに取り繕っていても心の中はボロボロだった。

それでも姉とフレデリックの前で泣かないで平然としているのは只の意地である。


(可愛くない……その通りだわ)


本音を言ってしまえば死ぬほど悔しくて悲しい。

あの時、惨めに縋っていればフレデリックの心に蟠りを残して、罪悪感を植え付ける事くらいは出来たかもしれない。

胸ぐらを掴んで頬を叩いて殴り飛ばせたのなら少しはスッキリしただろうか。


しかし、それすら自分には出来なかった。


フレデリックを愛していたからこそだろう。

けれどその気持ちを捨てて、別の所に嫁ぐのだ。


それに、また婚約者になるよりは潔く嫁いだ方がいいと思った。


追い越されるのが嫌いな姉の事だ。

先に結婚したと知れば悔しがる事だろう。


それに結婚してしまえば、もう愛人を作ろうと浮気されようと簡単に奪われる事はない。


フレデリックとジャネットも、事が落ち着いたら結婚式を挙げるのだろう。

その前に結婚してしまえばいい。


それに自分の立場を守る為や何も言わずに噂を払拭する為にはこの方法が最善だと思った。


フレデリックに"お前に未練など無い"のだと、簡単に結婚出来てしまうほどに、どうでもいい存在だったと見せつけてやればいい。


彼はこの事を聞いて、どう思うだろうか。


(何も思う訳ないわよね……)


たとえ自分の描いていた幸せとは違っても、姉の思い通りにさせたくはないと思った。

せめてもの嫌がらせだろうか……。


それが自分が考えついた唯一の復讐方法と言えるだろう。


けれど本音を言ってしまえばもう二度と、裏切られたくない。

ゼルナを利用する形になるが、この条件を飲み込めば、少しは前に進めると思った。


マルカン領は王都からも遠く、ジャネットとフレデリックの姿を見たくない自分にとっては持って来いだった。

二人を見ていると憎しみしか湧いて出てこないからだ。


真っ黒な封筒を手に取ってから、不安そうな母を説得した。

それから父の元に向かった。


ジャネットに"売れ残り"にされてしまったウェンディは"訳あり"令息であるマルカン辺境伯のゼルナの元に嫁ぐ事になったのだった。



ーーこの選択が、運命を大きく変えるとも知らずに


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