第5話


デイナント子爵家には、アルフという歳の離れた弟がいた。

この家を継ぐ必要もない為、急いで嫁ぎ先を探さなければならない。


そして母は、少しでもいい嫁ぎ先に巡り会えるようにと必死で色んな家を駆け回ってくれた。


しかし年齢的にも、条件的にも……とても厳しいものだった。


婚約者が居なくなったからか、何通か結婚の打診は来たものの、どれも喜んで返事を出来るような条件ではなかった。

そもそもどんな条件の良い手紙を受け取ったとしても、そんな気分にはなれないだろう。


心は悲しみに満ちているのに、タイムリミットが迫っている為、感傷に浸る暇すら与えられない。


追い打ちをかけるように社交界には心ない噂が広がっていた。


"フレデリックとジャネットは、真実の愛で結ばれた"

"二人は愛し合っていたが、ずっと妹のウェンディが邪魔をしていた"

"ウェンディだけがフレデリックが好きで愛されていなかった"


いつの間にか悪者は寝取った"ジャネット"ではなく"ウェンディ"になっていた。


恐らく、全て姉の仕業だろうと思った。

しかし証拠もない為、責める事も咎める事も出来なかった。

問い詰めたとしても「違うけど?」と言い張り、嫌味で返してくるだけだろう。

怒りはあるものの、こうまでして自分が上に立ちたいのかと思うと、そのプライドの高さが哀れに思えた。


しかし、それを負け惜しみだと嘲笑うだろう。


そして更に信じられなかったのは、何も否定せずにいるフレデリックだ。

その態度には愕然とすると共に悲しみが込み上げるばかりだった。


尚も裏切られ続けて、不幸のどん底に居た。


そんな時、一通の手紙が気になり手に取った。

真っ黒で不気味な封筒だったのに妙に目を引いたのだ。


それはマルカン辺境伯の嫡男であるゼルナからの結婚の申し出であった。


(何故、私に……?挨拶くらいしか、した事ないのに)


マルカン辺境伯は何度か見かけた事があるが、兎に角"恐ろしい"という言葉がこんなにも当て嵌まる人が居ないというくらい近寄り難い人であった。


現国王の弟であるにも関わらず"公爵"ではなく"辺境伯"を名乗り、普段は国境近くの屋敷に住んでいて、社交界シーズンになるとフラリと現れる。


その息子のゼルナは更に謎に包まれており、いつも仮面を身に付けている事で有名だった。


ある一時から素顔を明かさなくなってしまったらしい。


仮面をつけている理由は顔が醜過ぎるという人もいれば、火傷で皮膚が爛れていると言われる事もあった。


ゼルナは変わり者、乱暴者、人見知り……様々な噂が飛び交っている一方で、絶世の美男子、美形と囁かれるなど、いまいちよく分からない人物である。

そして、いつも一人でぽつんと佇んでいては、フッと何処かに消えてしまう。



「私は辺境の地へ……ゼルナ様の元に嫁ごうと思います」



そう言うと、母は慌てた様子で首を横に振った。



「それに、もし私を受け入れて下さったら……デイナント子爵家の為にもなりますから」


「ウェンディ、貴女……!」



何故ゼルナを選んだのか。


この屋敷から……二人からなるべく離れた場所に行きたかったからだ。

辺境伯と繋がれたらデイナント子爵家の為になるから。

それは上辺だけの理由に過ぎない。


二人が共に笑い合う姿を平気で見れる程、心が強くない。

想像するだけで胸が痛んだ。

これ以上、根も歯もない噂に振り回されて好奇な視線に晒されたくはなかった。


(此処から、早く立ち去りたい……)


そんな理由から真っ黒な封筒を握りしめていた。

何も知らなくても、酷い目にあっても、嫁ぎ先からどれだけ冷遇を受けようとも……此処で過ごすよりマシだと思った。


(辺境の地で二人と顔を合わせる事なく過ごせるのなら、それでいい)

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