第4話
思えば姉はいつも此方を馬鹿にするように笑っては見下していた。
確かに姉が持つ男性を惹きつける華やかな容姿や愛嬌は自分には無いものだろう。
けれど自慢できる優しい婚約者が居たから幸せだった。
『ありがとう』
フレデリックにそう言ってもらえるだけで幸せだと思った。
彼が側で笑っていてくれたら、他に何もいらないと……。
けれど、待ち受けていたのは"幸せ"ではなく"裏切り"だった。
震える足を動かして部屋を出た。
フレデリックが何かを言っていたような気がするが、全て無視して聞こえないフリをした。
恐らく父は醜聞を恐れて、フレデリックの婚約者をジャネットにするだろう。
フレデリックは伯爵家の嫡男だ。
デイナント子爵家とニルセーナ伯爵家は、特に繋がりもなければ仲が良いという訳でもなかった。
どちらが嫁いでもニルセーナ伯爵家にとっては構わない筈だ。
むしろフレデリックの母であるニルセーナ伯爵夫人は自分よりも華やかなジャネットの容姿を気に入っていた。
もしかしたらフレデリックもそうだったのかもしれない……そう思って考えるのをやめた。
(全部……無駄だった)
フレデリックの婚約者になってから、少しでもニルセーナ伯爵夫人に認めてもらえるように精一杯努力していた。
彼に喜んで貰いたい一心で動いていた。
自慢の婚約者になりたかった。
少しでも"ウェンディ"が婚約者で良かったと思って貰えたらと、沢山勉強もした。
一緒にニルセーナ伯爵家を支えていく為の努力は惜しまなかった。
ジャネット程、華やかではなくてもフレデリックの隣に並んでいても恥ずかしくないようにと思っていた。
でも結局、ニルセーナ伯爵家に嫁ぐ事は出来ない。
(もう、どうでもいい……)
父や母に話をしている時も涙は出てこなかった。
ただ、目を合わせる事が出来なくて下を向いていた。
父は「……そうか」と、一言呟いてから立ち上がり部屋を出て行った。
母は言葉を失っていた。
その後「何でこんな事に……!」と、声を出して泣いていた。
その様子をただ見つめることしか出来なかった。
母が抱きしめてくれた時に、やっと声を上げて泣く事が出来た。
溢れ出した涙を拭う事すら出来ずに居た。
何も言わずに、落ち着くまでずっと背を撫でてくれていた。
今日だけはと母の胸を借りて悔しさをぶつけるように泣き叫んだ。
「ッ……ごめんね、ウェンディ」
苦しげに呟く声を聞いて、更に涙が溢れた。
その言葉の意味は分かりたくなかった。
涙が乾く事はなかった。
そのまま気絶するように眠った。
数日後、予想通りジャネットがフレデリックの婚約者になった。
ほんの少しだけ期待をしていたが、父は此方の心情を汲む事もなく「申し訳ないが」と一言だけ呟いて家を守る選択をした。
ニルセーナ伯爵も夫人も息子の醜聞を恐れてか、特に何も言う事もなく、すぐに同意した。
フレデリックとジャネットからの謝罪は無かった。
そしてニルセーナ伯爵家からも何の言葉も無かった。
何事もなかったように、今日がまた始まった。
ただ違うのは姉は婚約者を得て、自分は婚約者を失ったという理不尽な現実だけだ。
絶望感でいっぱいだった。
母は姉を激しく非難した。
「はしたない」「勘当するべきだ」
そう言ったが、父はデイナント子爵家の評判が下がる事だけは避けなければならないと母を止めた。
父は姉が妹の婚約者を寝取った事に難しい顔をしていたが、自分にも愛人がいるためか寛容だったのかもしれない。
カンカンに怒っている母を見ても、姉は素知らぬ顔でフレデリックの元に行ってきますと出かけていった。
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