第3話
「ッ、これは!違うっ!ジャネットに誘われて……!」
「でも、貴方はわたくしを抱いたじゃない?」
「……!!」
「……っ」
「もうフレデリックはわたくしのものよ……ごめんね、ウェンディ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる姉の姿に言葉を失っていた。
ただ静かに首を横に振った。
恐らく、焦った姉は無理矢理奪うような形で身近に居たフレデリックを手に入れたのだ。
姉の言った通り、フレデリックが手を出した事実はどうしたって変わらない。
それが分かっていたから、このような手段を取ったのだろう。
どうにもならない現実を前に、悔しさに唇を噛んだ。
今までこんなに最悪な気分になった事はなかった。
(なんで……っ、どうして……)
心の中で問いかけたとしても、誰も答えてくれない。
今、直接彼に問いかけてしまえば、立っている事すらままならないだろう。
フレデリックは長年愛を育んでいた婚約者の自分ではなく、ジャネットに迫られて抱いたのだ。
手を出せば……こうなる事は分かっていただろう。
欲に流されただけかもしれないが、ジャネットを選んだことに変わりはないではないか。
「ウ、ウェンディ……これは」
「………」
「っ、……誘われて、それで仕方なく!」
(仕方ないって何……?もう、聞きたくない)
その言葉で否定しているつもりなのだろうが、フレデリックもジャネットを抱いた事を認めているという事だ。
それに姉の誘いを断りきれなかったフレデリックも同罪ではないだろうか。
ぼやける視界を隠すように下を向いて唇を噛んだ。
感情は、荒波のように襲い来る。
手を握り込んで迫り上がる感情を飲み込んでいた。
(絶対に泣かない……!泣いたら負けだッ)
ここで泣いて怒り狂ったとしても、フレデリックに縋ったとしても、ジャネットを殴りつけようとも……彼が彼女を抱いた事実は変わらない。
『ウェンディは甘えるのが下手ね』
『少しは我儘を言った方がいいのよ』
『弱い部分を見せなくちゃ』
よく一緒にお茶をする令嬢達に言われていた言葉が頭を巡る。
この状況でソレを思い出すのは、きっと自分が今から可愛げのない対応をしようとしているからだろう。
(分かってるわ……!自分が可愛くない事くらい)
ああした方がいい、こうした方がいい。
そう言われる度に自分を否定されているような気がした。
それでも笑みを浮かべながら頷いていた。
そんな事ない……そう否定したくても、本当は自分でも分かっていたのだ。
ここで涙の一つを流して文句を言えば"可愛い"のだろうか。
フレデリックが戻ってきてくれるのだろうか。
泣きついたら姉は困り果てるのか……。
(いいえ……!私には何も残らないわ。泣いたって喚いたって、ジャネットを喜ばせるだけよ)
グッと涙を堪えた。
きっと目は充血して赤くなっている事だろう。
死ぬほど悔しくて吐き気がした。
けれど、何事もないようにぽつりと呟いた。
「この事は……お父様に報告させていただきますから」
「ウェンディ、俺は……!」
泣きそうな顔で此方を見ているフレデリックを睨みつけた。
(泣きたいのは……私の方なのに。何故、貴方がそんな顔をするの?)
裏切られたのは間違いなく自分だ。
そして彼は、裏切ったのだ。
今まで積み上げてきたものが、全て崩れ去った瞬間だった。
軽蔑した眼差しでフレデリックを見ていた。
「……話は、其方で致しましょう」
「もう何をしても変わらないのよ?諦めなさいよ、ウェンディ」
「…………」
「アハハ、手遅れなの!」
姉は、父に言ってフレデリックを取り戻そうとしていると思ったのだろう。
勝ち誇ったように此方を牽制している。
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