異世界召喚RTA(ANY%)
初見 皐
Repeating World
わたしはハンドルネーム『
予測変換で殺るとか出てきたが、別にわたしは殺し屋とかではないのでご心配なさらず。殺すのは今回だけである。今回だけ……今回だけさ……ぐへへ……
——違う。違った。そうじゃない。スプラッタったりとかしないので大丈夫。SAN値上限の低い方でも安心安全なRTAだ。
それはともかく、今回プレイしていくのは異世界召喚である。非常に有名なジャンルであるからして、皆さん既にプレイ済みのことと思う。それはもう頭の中とかで。
異世界召喚の中でも、これはクソゲ……もとい、異色作である。「Repeating World」と題されたこの異世界召喚、なんとタイトル画面があるのである。間違ってもVRゲームとかではない。多分。いやわたしが
何がクソゲー……クソゲーって言っちゃったまあいいや。とにかく、この世界がクソゲーたる
しかしこの世界、題された通り「巻き戻る」のである。魔王が時間遡行の魔法を行使して、わたしの召喚時点にまで時間を巻き戻しているんだとか。その魔法を阻止しない限りクリアは不可能。死んでも関係なく、死ぬ以前まで巻き戻されるためゲームオーバーさえ不可能なのだ。
どうせなら召喚前まで巻き戻して、わたしを召喚する王女だかなんだかを殺…召喚魔法を阻止してくれればいいのに。
ではでは。「いただきます」を2回言っちゃう現象だね
目の前に浮かぶ”Start Repeating World”のボタンを脳内入力で押下。ここから計測スタートだ。
「—さま!起きてください、勇者様!」
目を覚まして状態を起こすと、いきなり傷だらけになった少女の背中が目に入る。細身の彼女は、誰あろうこの国の王女殿下、わたしを召喚した張本人である。彼女は震える手で剣を握り、ここだけは通すまいと前を見据える。
彼女とわたしを取り囲んで武器を構えるのは、フードと仮面を被った5人の賊。いかにも
目覚めた瞬間、チュートリアルイベントである。それも魔王直属のエリートが5人。こんなチュートリアルがあってたまるか。
「うぇっ?えっ?えっ!?」
背後から突進するようにして、王女さまを担ぎ上げる。困惑する彼女を肩に担いで、1歩と半歩後ろに下がる。そして地面の段差に左足を引っ掛け、右足で地面を強く蹴る。
当然、段差に引っ掛けた左足を置いたまま上体が傾く。身動きの取れない王女さまが悲鳴をあげ——
私の顔面に、鋭い靴のつま先がめり込む。
「待ってました顔面キック!」
敵味方全方位から軽く引かれた気配がするが、わたしは別にドMではない。これにもちゃんと意味があるのだ。顔面キックの影響で、100あったHPが41減少。メチャクチャなクリーンヒットでノックバックが生じ、視界が一瞬暗転する。
——さてさて来ました裏世界。上を見上げれば、私を見失って困惑する5人の姿が。下には奈落。——
……ええ?
いや、この世界バグがあるんですよ。それも結構な量。いくらゲーム系とはいえ異世界でバグって聞いたことないんですけど。ほんとに異世界、これ?
失礼、少し取り乱した。語尾とかちょっとだけわちゃってるけどまあいいやごちゃぁ。
走っていこう。裏世界には透明の足場があるものの、足を出す場所を間違えると奈落へ真っ逆さまなので、平均台を渡る感覚で慎重に歩く。
前に50歩、左45度に3歩、元の方向にまたまた50歩——
——とまあ、そんな調子で数百メートル。人里離れた神殿から更に離れた獣道で地上に出る。
さぁーて目的地に向かいながら説明しよう。なんとこの王女さま、
王女がそんな暴挙に及んだのにもしっかり理由があるのだが、それはまた別のお話。彼女とて無能ではない。護衛をつけなかったのは、それで十分なほどの戦闘力が彼女にあるからに他ならない。召喚で魔力切れになっている今はともかく、万全の王女さまはそれはそれはすごいのである。どれくらいすごいのかといえば、私が戦わなくても済むくらいには。すげー。
ということで、王女さまはわたしがドナドナさせてもらおう。
「勇者様!?一体どこに向かって……勇者さま……勇者さん!」
敬語レベルを一段下げながらも、必死でついてくる王女さま、便利。
目的地はもちろん魔王城。とはいえ、魔王領の最奥に聳える魔王城までは、ここから走って辿り着けるような距離ではない。
移動にあたっては魔王の腹心が用いる転移ゲートを用いる訳だが、その前に足元の野草を引っこ抜いて口に入れる。結構エグい見た目にエグい味だが、僅かに滋養強壮の効果がある。移動後は息をつく暇もないので、ここで少しでも腹を満たしておこう。
隣でドン引きしている王女さまにも食べさせてあげたいが、確実に拒否されるので気にせずもしゃもしゃ口を動かす。
っと、ここで王女目線、行ってみよー。
. ❇︎ .
勇者さん、召喚してから一言も話ができてないんですよねぇ……。
視線を下げると、目の前で雑草を咀嚼する勇者さん。今にも「君も食べる?」とか言い出しそうな様子でチラチラと目線を投げてきます。何やってんでしょうね、この勇者。
ひとしきり草食動物プレイを楽しんだ勇者(笑)は、スッと立ち上がって、眼前の岩壁に体を押し付け始めました。これには流石の私もドン引きです。もう諦めて帰ろうかな、王宮に。
すると今度は、ゆっくりと後ろ歩きで2歩。仰向けに倒れ込みます。一切の躊躇なく。
「ふっ……私は今日ズボンで来てますからね、スカートじゃないので。そんな手は食いませぐぇぁっ!?」
足を引っ掴まれて地面の下。乙女らしくない悲鳴が聞こえた、なんてぬかすあなたには靴のヒールをプレゼント。まあ今日はヒールの靴じゃないですけど。
. ❇︎ .
——なんやかんやあって国境の防衛都市へ到着。ここで必要な物資を調達していこう。ちなみに門番イベントは時間がかかるのでスルーした。不法滞在もバレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ。
さて、最短ルートで瀟洒な作りの商店に向かう。この店だけで必要なものは全て揃う。異世界版コンビニである。ただし値段は最高値。
もちろん持ち金はびた一文無いので、ここでも裏ワザを活用していこう。
「この王女さまにツケといてください」
王女さまを連れてこう言うだけで、なんとゼロ円で買い物ができる。不思議。ちなみにワザップには載っていない。
では移動をしていこう。店を出てそのまま、向かいの建物の壁をよじのぼる。二階建ての屋根を走り、別の通りに出る。
うまく行っていれば、丁度目左から馬車が走ってくるだろう。このタイミングがずれると、死んで再走するしかなくなるので気をつけよう。しかし大丈夫。勇者が死のうと死ぬまいと関係なく、魔王は時間遡行魔法を行使するので、再走が不可能になることはない。
街中にも関わらず猛スピードを出すその馬車は、今にも事故を引き起こしそうだ。
では轢かれていこう。
王女さまの手を引いて通りへジャンプ。コンマ3秒数えて「真下へ風魔法!」と叫んで王女さまに丸投げする。ここもタイミングがシビアな再走ポイント。タイミング調整がうまくいけば、次の瞬間には大気圏に突入するはずだ。
ちなみにこの場合の”大気圏”は、ビデオゲームにおける所謂”大気圏”、つまり開発側によって侵入が想定されていない超高高度の空域を指す。実際の大気圏にまで突入しているわけではない。
眼下遥か遠く、人間の国の王都には、聖剣が祀られている。今回のRTAでは当然スルーだ。視線を大きく動かし、魔王国側。闇魔法覚醒イベントの発生場所は、あのあたりだっただろうか。もちろんスルー。
持ち物を確認しよう。わたしの腰には一番高い剣。ポケットには一番高い爆弾。別のポケットには乱雑に詰め込まれた各種ポーション類(一番高い)。とにかく「いちばんたかい」を並べ立てればいいと思っているアホの子セット。それ以外は初期装備なので許してほしい。特に王女さまとか。許して。
ポーションは飲用に時間がかかるので、滞空中に飲んでしまおう。とはいえ、わたしが飲む分のポーションは用意していない。ポーションを飲むのは全て王女さまだ。くっ……これがカーストの差……っ!
そろそろ着地態勢に入ろう。こういう時は主人公が下になってヒロインを庇う、ってのが美しいよね。
——あ、ヒロイン役はわたしで。
「ちょまえ、ちょ、ちょ、ちょっとおいこのクソ外道——っ!!」
王女さま、口調が壊れた。これは仕方ないですねバグなので。ええ。
一方わたしはミニサイズの魔晶爆弾を構える。真正面、縦15度を狙って正確に投げよう。
着地の直前、慣性で投球。
着弾を確認せず、続けて腰の剣を抜く。デザイン性と実用性を兼ねたとても綺麗な剣である。——剣は投擲武器。無駄な描写を乗せた剣がくるくる飛んでいく。これで魔王の側近が放とうとしていた攻撃魔法をキャンセル。あとは復活した下敷き王女さまに任せよう。
そしてようやく魔王を視界に収める。ケモ耳黒髪ロリの魔王ちゃん。誰の趣味だろうね。少なくとも作者の趣味ではないんだよなぁ、別に。
その魔王ちゃんが地面に突っ伏して、何やらえずいている。作者の趣味ではない。決して。
あ、爆発した。
とてつもない罪悪感。……詳細な描写は省こう、そうしよう。
……ょっっっし。
「……………っっっっしゃこれで地獄のループから抜け出——」
「黒淵魔術、
憤怒に満ちたその声は、背後から響いて。
「《永劫回帰》」
歴代最強とされる
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
——Repeating World——
…………。
やけに楽しげなタイトルコールが耳につく。
「……」
今まで私が魔王だと思ってきた少女は、けれど魔王の座にはなく。
——さしずめ、魔王の娘、といったところだろうか。
「……いや、ほんっっっっとさぁ……」
異世界召喚RTA、再びの再走。では——
「異世界召喚、ぶっ殺す……!!」
——
異世界召喚RTA(ANY%) 初見 皐 @phoenixhushityo
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