付き合ってる後輩に「私、妊娠しちゃったみたいです」と告白された件
久野真一
付き合ってる後輩に「私、妊娠しちゃったみたいです」と告白された件
「ヒロ先輩。私、妊娠しちゃったみたいです」
隣を歩くチコこと
小柄でスレンダーな体格に、親しみやすい少し丸っこい顔つき。
人懐っこい性格もあって結構クラスでも人気らしい。
「え?」
そんな彼女が何やら恥ずかしげに言った言葉に俺は凍り付いた。
チコは
「悪い。もう一度、言ってくれないか?」
四月初旬の陽気にも関わらず、急に何か冷たい風が吹いた気がした。
「だからですね。妊娠しちゃったみたいなんです」
「お、おう……ちょっと待ってくれ」
チコは俺の一年後輩で現在高校二年生。そして二か月前から付き合い始めた俺の彼女でもある。で、妊娠させるようなことをしたかと言えば、一応ある。ただ―
「待て待て。避妊はちゃんとした……はず」
健康な男子高校生としてそういうことに興味はやはりある。ただ、「そういうこと」はまだ二度しただけだし、ゴムは装着したはず。
「私もそう思ってたんですけど……使ってても出来ることはあるらしい、です」
「ええ?……いや、確かにそうなのか」
慌てて手元のスマホで調べると、正しくコンドームを使ったときの避妊率は約95%。しかし、破けたりすっぽ抜けたりすると避妊率はぐっと下がるらしい。俺たちがした時はなかったはずだけど、微妙に穴があいていたのかもしれない。
ともあれ、さすがにこんなジョークを言うわけもない。いずれにせよ真実として受け止めないといけない。しかし、そうだとしたらかなりまずい。
「ほんっとーに悪い。この歳で妊娠とかチコの将来に影響すること間違いなしだし、周りの目もあるし。チコの親御さんにしてみてもどう思うか……」
「え?ええと……実は……」
「かくなる上はきちんと責任はとるから!結婚しよう!チコ!」
幸い、おれの誕生日は四月だし、もうすぐ18歳。法律的にはいけるはず。この歳で出来ちゃった結婚か……。色々な意味で気が重い。
でも、前向きに考えよう。チコの家は四代続く老舗の和菓子メーカー。跡取りの話を聞いたことはあったし、俺が婿養子に入るということなら許してもらえるかもしれない。
チコの親御さんは俺たちの交際を真剣に考えていて……といっても可愛い一人娘だから当然か。いずれ結婚を前提にととらえている節もある。うちは普通のサラリーマン家庭でもあるし、言ったらこっぴどく叱られること間違いなしだけど、とにかく言わないと始まらない。
「え、ええと、はい?」
しかし、チコは何やら困惑した様子。そりゃそうか。妊娠したからといって、じゃあ結婚しましょうかという話で感情が納得するかという話だ。
「チコも全然心の準備ができてなくて、今のタイミングで言われても困惑しかないだろうけど。俺は本気だから!」
誠心誠意、頭を下げる。もし、万が一にでも「お腹の子は私一人で育てます」とか言われたらさらにショックだし、「堕ろそうと思ってるんです」なんて言われたらさらにショックだ。
「わ、わかりました……なら、よろしくお願いします」
小さく「ど、どうしよう」とつぶやく声が聞こえた気がするけど、チコも仕方ないとは思ってもすぐに割り切れるわけがないだろう。
「じゃあ、母さんたちとチコの親御さんには今から連絡するから!」
こうしては居られない。
とはいえ、LINEでこんな重大事をそのまま伝えるのも不誠実だろう。
【母さん、悪い。俺と智子の間の、とても重要な話があるんだけど、帰って来たらちょっと時間取れるか?】
父さんは夕食頃にならないと帰ってこないだろうけど、母さんは今日は午後までパートで作業をして終わりだったはず。
【ん?どうしたの、ヒロ。急ぎの話?】
【ああ。早い方が助かる。今日だと16:00とかどうだ?】
【時間指定まで……本当に一体どうしたの?】
【とにかく。対面で言わないといけない話なんだ】
【わかった。気を付けて学校行ってらっしゃい】
よし、これで母さんへの連絡はOK。父さんの方はまた後で伝えるとして、今度はチコの親御さんだな。
【おじさん、お仕事前の忙しいときにすいません。俺と智子の間に起こったちょっと重大な話があるんですが。今夜お時間取っていただくことは可能ですか?】
チコの家とは幼稚園の頃から付き合いがある。だから、LINEの友達におじさんとおばさんも入っていてこういう時は手っ取り早い。
【どうしたんだい。そんなに畏まった言葉遣いで。じゃあ、今夜、どこか外で夕食をとりながらというのはどうだい?】
おじさんは何やら戸惑った感じの返事を返してきたけど、果たしてなんといわれることやら。普段は温厚な人だけど、本当に怒ったときは怖いというのはよくわかってもいる。
【じゃあ、それでお願いします。俺たちの将来に関係する話ですので】
いや、それだけでなく、おじさんたちに与える影響だって小さくないだろう。おじさんたちがいずれチコが婿養子をとって店を継いで欲しいと思っているのは知っているけど、にしてもこんなに早くなんて想定外もいいところだろう。
【ははあ。さては、結婚を前提のお付き合いを認めてくださいとかそんなところかな?まあ、付き合い始めで盛り上がるとそういうこともあるなー】
微妙にかすっているけど外している。
【とにかく、本題は今夜お伝えしますのでよろしくお願いします】
【わかった、わかった。今夜は俺の方で店は予約しておくから】
【はい。よろしくお願いします】
よし。最初に連絡しないといけない方面にはなんとか連絡を済ませた。
「はあ……」
でも、いきなり過ぎて心が追い付いていかない。
「あの。ヒロ先輩。凄い勢いで文字打ってましたけど、一体?」
戸惑った様子のチコが話しかけてきた。そりゃそうか。
「俺の家とチコの家にラインしてた」
「……ええと、それってひょっとして、私が子どもが出来たからという?」
「ああ。チコが戸惑うのはわかるけど、連絡は早い方が心象もいいだろうし」
「いやその……」
チコはといえば、
「でも、今言わないともっと大事になっちゃうし」
「ただ、言わないならそれはそれで婚約出来ちゃうかも?」
など色々ぼやいている。
「ヒロ先輩……すいっません!エイプリルフールのジョークのつもりでしたぁ!」
本当にすいません、と大きく頭を下げられる。
「じょ、ジョーク?つまり子どもが出来た云々は……」
そういえば、途中で何度か何か言いたそうにしてたような気が。
「はい。そこで、ヒロ先輩が慌ててるのを見て、「今日、何月何日ですか?」というつもりだったんですよ」
それがこんなことになるなんて、というチコのため息。
「うぇぇ。つまり、早まって色々セッティングしちゃったけど……」
「はい。別に子どもが出来たわけじゃないので」
「俺たちどっちもすごく恥ずかしい話にならないか?」
両家とも一体息子や娘に何が、と構えているはず。そこでチコのエイプリルフールのジョークを真に受けましたとか言ったら、呆れられるか人騒がせなと叱られるのは間違いない。
「絶対になりますね。それで、一つ提案があるんですが」
とたたずまいを変えて真剣に俺に向き合うチコ。
「提案?さすがにバツが悪いし、別の大事なことにしとこうとか?」
チコは昔から小心なところがあってその手の小細工を弄する子だった。
ありえない話じゃない。
「いえその……ヒロ先輩と婚約、という形にできないかな、と。あ、もちろんまだ早いとかいうのなら無理にとは言いません!」
婚約。つまりこの際、結婚することを確定させようと。そういうことか?
「俺はすでに覚悟固めたからいいんだけど。チコはそれでいいのか?」
ジョークが判明するまではそもそも結婚する気だったんだ。
でも、チコは全然覚悟も決まっていないはず。
「はい。それに……気が早いですけど、高校生のうちにヒロ先輩と婚約したいとは思っていました」
少し恥ずかしそうに、でも決意を秘めた表情に声。
チコがその決意を固めているのなら、俺は―
「わかった。結婚しようか、チコ」
言いながら体温がみるみる内に上がっていくのを感じる。
この歳でプロポーズの言葉を渡す羽目になるなんて。
「はいっ。ヒロ先輩。不束者ですがよろしくお願いしますね」
うなずいてくれたチコはくすぐったそうな笑顔に少しの嬉し涙。
はて、何か既視感があるような。
「なあ、チコ。昔さ、おままごとで似たことやったことなかったか?」
チコの三階建ての豪邸。そこに束の間俺が預けられたときのことだったか。
「思い出しました!確かあった気がします!」
やっぱり。それは、本当に他愛のない子ども同士のお遊びだったっけ―
◆◆◆◆十数年前◆◆◆◆
チコの家が会社を経営しているらしい、ということは子ども心になんとなあくわかっていた。もちろん、一族経営とか、和菓子メーカーとかそういうことについてはとてもあやふやなものでしかなかった。
俺とチコの付き合いは、チコの親父さんと父さんが高校時代からの友達だったことに端を発している。うちがマイホームを構えることになった場所がチコの親父さんの家からほど近い場所で、そもそもマイホームを夢見ていた父さんに、チコの親父さんが物件を紹介したのがきっかけだった。
そんな経緯もあり、チコの家で二人して遊ぶことはしょっちゅうだった。今思えばだけど、たぶんお互いの親も友人同士で話をしながら、息子や娘の世話から束の間解放されてWin-Winと言ったところだったんだろう。
「ヒロ
当時の俺はちゃん付けで呼ばれていたっけ。にしても、当時のチコはおままごとでなんていうセリフを。
「ねえ、チコちゃん。それホント?」
「ホント!ねえ、責任取ってよヒロちゃん」
「わかった!責任は僕が取るよ。結婚しよう、チコちゃん」
「はい。喜んで!」
そんな一幕だった。
◇◇◇◇現在◇◇◇◇
「なんとなく思い出したんだけどさ。三歳か四歳くらいだよな、おままごとしたの」
「……今は反省しています」
「だいたいチコはどこから「妊娠しちゃった」とかの台詞覚えたんだ?」
「私も覚えてませんよ!テレビドラマか小説か何かだったと思うんですけど」
「まあいいや。当時からチコが割とアレなことを言う女子だったってだけだし」
「もう!思い出して私も頭抱えてるんですよ!アレなこととか言わないでください」
「といってもな……」
「もう記憶から消去してください。お願いします」
「いやー。今回の件もあるしな。二度と忘れられそうにないや」
記憶というのは関連付けられるほど強くなるという。
エイプリルフールの嘘の件も含めて、きっと一生忘れられないだろうな。
「はあ……」
「はあ……」
お互いに割とどうしようもない結末にため息しかでない。
「でも、私たちの間に本当に赤ちゃん出来るのっていつなんでしょうね」
「さあ。せめて大学になってから考える……と言いたいところだけど」
「けど?」
「いや。チコんとこの家業考えたら、結婚するんなら俺が後を継ぐんだろうし、早い遅いはあんまり考えなくてもいいのかもなって思ってる」
「ヒロ先輩。そういうことまで考えて……」
「そりゃ、チコんとこは別に家業を無理に継がなくてもいいとは言ってくれるだろうけど、チコはそれだと嫌なんだろ?」
「それは。やっぱりうちの和菓子は好きですし」
「なら気が早いけど、一緒にやってこうぜ」
「ヒロ先輩は前向きなんですから。でも……」
「うん?」
「それなら、よろしくお願いしますね、旦那様?」
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
「ヒロ先輩、恥ずかしがってますね?」
「そりゃ、旦那様とかいきなり言われると恥ずかしいわ!」
「やった。一本取りました!」
「何の一本だよ、何の」
こうして、婚約をすることに決めた俺たち。道を決めるには少し早すぎるのかもしれない。でも、目の前にいる可愛らしい後輩の嬉し涙を見ると、それもいいかもしれないって思えてくる。
◇◇◇◇後日談◇◇◇◇
結局、双方の両親には、エイプリルフールの件は伏せて、少し……いや、かなり早い婚約の話で押し通すことにした。
まず、最初に話した俺の母さんの反応は―
「うーん。婚約ねえ。別に今すぐ結婚じゃないなら反対するほどでもないけど」
「やっぱり微妙?」
「微妙というか、付き合い初めのカップルが盛り上がって、っていうのもよくあることだからね」
母さんはこういうところは昔から冷静だ。
「盛り上がったというか……今更チコ以外考えられないってのが正直な気持ち」
「そういえば、ヒロは昔からチコちゃんの事大好きだったものね」
「ちょ。その話チコの前でするなよ!」
チコに告白したときは、俺が高校に上がって意識するようになったと見栄を張っていたのに。
「別に今更隠すほどのことでもないでしょ」
「ふーん。ヒロ先輩。そんなに昔から私のこと好きだったんですね」
「そうよー。確か、小学校に上がった頃から一途だったわねー」
「これ以上やめてくれって!」
「いやー、ヒロ先輩がそんなに昔からなんて彼女冥利に尽きます!」
「母さんが変なこと言うからチコが調子に乗り出したんだけど」
「それこそ、婚約するしないの話をしてるのに今更じゃない?」
「ですよねー。おばさま、もっとその辺の話を詳しく!」
というわけで、俺の昔からの想いが大暴露された挙句に、
「まあ、少し早いんじゃって気持ちもあるけど、そういうわけだし、私は別にOKよ。旦那は事後承諾でどうにでもなるし。でも、チコちゃんの親御さんは大丈夫?」
「は、はい。その辺りは今夜お話ししてきますので」
我が家からの承諾をなんとか取り付けた俺たち。
一方、チコの家の反応はといえば。
「俺はヒロ君がうちを継いでくれるならありがたいけど。別に高校生でそんな重大な決断をしないでもいいんだぞ?」
「そうそう。うちの店だって跡継ぎがいなかったらそのときはそのときだし」
「もうチコ以外は考えられませんから。婚約を認めていただけませんか?」
「私からもお願い!軽い気持ちじゃなくて二人で色々話し合った結果なの!」
本当は話し合った末も何も、嘘から出た真というやつだけど。
「智子がそこまで言うなら。ただ、二人とも大学はちゃんと出ること」
「そうそう。店を継ぐといっても高卒でなんて必要はないからね」
チコの家からは大学を出ることを条件に婚約を認めてもらうことになった。
そして、今は始業式を明日に控えて、二人でちょっとした散歩。
「やっぱり春は桜ですよね」
「ああ。でも、色々あったけど、この歳で婚約とはなあ」
二人でベンチに座ってぼんやりと公園の一本桜を見上げる。
「やっぱり少し後悔してます?」
「いや、別に。人生、予想もしてないことが起こるなあってだけ」
「それは言えてますね。もし、私が変なことを思いつかなければ……」
少しの感慨を込めた声。
「今日は、普通の彼氏彼女としてのデートだっただろうな」
「別にそれでもきっと楽しかったですよ」
「そりゃもちろん。でも、未来の嫁さんと……て思うとむず痒いな」
言いながら隣の彼女の手をぎゅっと握る。
「私も少し恥ずかしいです……でも、とっても幸せです」
呼応するかのように握り返してくるチコの手。
春の陽気の中、俺たちはのんびりと桜を眺め続けたのだった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
エイプリルフールをテーマにした短編です。
エイプリルフールというからには「嘘」がポイントになるわけですが、色々考えた結果こんなお話になりました。
いつもの調子のお話ですが楽しんでいただければ幸いです。
★レビューや応援コメントなどいただけると嬉しいです。ではでは。
☆☆☆☆☆☆☆☆
付き合ってる後輩に「私、妊娠しちゃったみたいです」と告白された件 久野真一 @kuno1234
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