第7話 紫色の双子姉妹(2)

 なんだよこれ。


 こんなの、見た目からじゃ想像もできなかったんだが。




 人形みたいに清楚なストレートの黒髪で、クールな印象を与える姫カット。



 なのに舌っ足らずなハイトーンボイスだと?



 紛れもないギャップ萌えの申し子だ。




 十七年足らずのそれなりに濃い人生の中で、初めてルックスと声質の落差にグッときた。



 だって見るからに大人しそうな容姿なのに、ツンデレ少女を彷彿とさせるウブさと愛嬌が喉を通して溢れている。


 挑戦的な色に染まりきれてないところもいい。




 これが男心に響かないわけがないだろう。



 

「……九十点だ」


「おぉーっ! やっぱお姉ちゃんの声、みどりんの好みにハマったねー♪」

 


 これまで校内の女子の最高得点は妹の七十七点。


 それを大きく上回ると感じられたのが、まさかの双子の姉だった。



 姉妹揃って素晴らしい声帯を宿している。




 だがそれは一旦置いておくとして、さっき言われた言葉の意味を確認せねばなるまい。


 

「えーっと、藤之宮——……」


「……すみれ


「菫って言うのか。姉貴のが呼びやすいな」


「ちょっとみどりん、それホントに傷つくんだけどー」


「あーわりぃ悪ぃ。んで菫さ、って、前から俺のことを知ってたのか?」


「……うん。覚えて……ない?」


「へ? 顔とかはもちろん去年から知ってたけど、直接的な関わりは一度もなかったよな?」


「一年の時……の、合同体育で、用具の……片付けを、あなたが手伝って……くれたわ」


 

 ちょっと待て。



 確かに俺は藤之宮に手を貸した記憶があるけど、あの現場にいたのは桔梗だったはず。



 なんで姉である菫が自分のことみたいに語ってるんだ?


 

「別に感謝される筋合いはねぇよ。学校の体育程度じゃ体力が余っちまうし、桔梗独りでやってるのが大変そうだったからで——」


「あなたが助けたのは……私。当番の人が逃げてしまって、呼びに……行けなかった。でもあなたは、何も言わずに協力して……くれたの」


「いやいやいや、あの時の藤之宮は髪結んでたぞ? なんか落ち込んでたみたいで静かだったけど、他の奴がバックレてんだし仕方ないかなって」


「えっとねーみどりん、体育の時はさぁ、お姉ちゃんもポニテポニーテールにするんだよー?」


 

 思えば入学して間もない頃の俺って、双子の判別ができていなかったのかもしれない。



 ソックリだけど妹の顔に見慣れてるからか、今なら目元や輪郭の違いに気付ける。



 だけど当時の俺は、髪型しか正確に見分けられなかったと思う。




 道理でだんまりしていたわけだ。


 桔梗じゃなくて、菫だったんだから。




 あれ? 


 でもあの一件をキッカケに、藤之宮との距離が近付いたと記憶してるんだが。




 ふと浮かんだ疑問の答えは、すぐに妹の口から告げられた。


 

「混乱させちゃってごめーん。お姉ちゃんに頼まれてさ、あたしが代わりにお礼したの」


「そういやあの翌日にお前から話しかけてきて、日増しに馴れ馴れしくなったんだよな」


「だってみどりんてば色んな人に声かけてたからさー、いっつも誰かといて関わりにくかったんだよねぇ〜」


「何事も初めが肝心だ。男も女もとりあえず声を知って、仲良くなれるかを測るからな」


「うん、あとで分かったー。いきなり七十七点って言われた時は、ガチでイミフ意味不明だったよ」

 


 客観的に聞くと恥ずかしくなってくる。


 こいつには要らぬ気苦労を背負わせてたのかもしれないな。



 何より同じく姉を持つ者として、桔梗なりの配慮が伝わってくる。

 


「なんかお前のことを軽く誤解してたわ。姉ちゃん想いのいい妹やってたんだな」


「うん。桔梗……は、気配り上手……で、自慢の……妹よ」


「ちょっとぉ、二人とも改まっちゃってなんなのー? こんなの照れるしかないじゃんさー!」

 


 昼食を食べ終わる頃には、双子の姉も自然に談笑に加わっていた。




 どうやら菫は生まれつきの舌小帯短縮症ぜつしょうたいたんしゅくしょうで、舌の裏のヒダが短く、発音に影響があるらしい。


 試しにべーっと舌を見せられると、先っぽがハート型みたいに割れていた。


 視覚的には可愛く思えるものだが、舌が上手く動かせないのは可哀想。



 だが本人的には滑舌より声質に悩んでおり、過去に笑い者にされた経験がトラウマだとか。



 出る杭は打たれると言うけど、強過ぎる個性故の宿命なんて、俺は絶対に認めたくない。


 

「誰がなんと言おうが気にしなくていいぞ。もし菫の声を冷やかす奴がいれば、俺がそいつの百倍くらい全力で褒めまくってやるよ」


「そんなに褒められ……ても、ちょっと……困る」


「馬鹿にされるよりはずっと気分いいだろ? それに自分が好きなものを穢されるみたいで、俺にとってもしゃくだってだけだからな」


「私も好き……よ。あなたの……こと」

 



 えーっと……なんだったのだろう、今のは。


 俺の聞き間違いではないんだよな?


 ましてや言い間違えるほど、難しい単語をつらつらと並べたわけでもない。




 ということはあれか。


 ニュアンス的な語弊が生じたのか。


 これは共通認識に置き換えなければならない。


 文脈と語感を調律する必要があるのだ。




 だからとりあえず冷静になれ。


 突然現れて九割の好感触を叩き出した上に、恋愛イベントに発展させるという流れは都合が良過ぎる。



 そう、そのままの表現としてすくってしまえば、俺にも何が起きたかさっぱり分からない。



 現状、二番目に気に入ってる異性から、唐突に告白されたことになってしまう。



 安栗さんの次に好意を寄せる相手から……

 



「菫、お前は何か勘違いをしてないか?」


「勘違い……? 私が、何……を?」


「だから……ほら、あれだよ。自分で言うのもなんだけど、俺って他人を声で判断するような奴だろ? 決して性格良い方じゃないと思うんだよな」


 

 いや違う。

 こんなことを伝えたいのではない。


 それはハッキリしてるのに上手いセリフが浮かばず、野放しになった口がたどたどしくうわ言ばかり吐きやがる。



 自分でも本心があやふやで苛立っているのに、菫から当てられる視線や声は、なぜか満足そうで穏やかだった。

 


「あなたは……思いやりのある、素敵な人」

 

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