第6話 紫色の双子姉妹(1)
予感は的中していた。
安栗さんの力強い眼差しは、恋する乙女が夢の中の相手に向けているものだったのだ。
無論、彼女の気持ちは痛いほど分かる。
声を聞くだけで胸が高鳴り、願わくば隣で自分だけに語りかけてほしいという想いが。
だけどそう思っている反面、俺はどこかで一線を引いていた。
憧れの声優も歌手も、声を届けるのが仕事。
自分のプライベートとは交わりようがないし、理想は理想のままでいい。
それを受け入れた上で、自分の世界にある希望の光を探し求めていた。
でも安栗さんは違ったんだ。
自ら理想郷へと飛び込み、眺めていた星空に手を触れようと努力している。
彼女にとっての光は決して幻ではなく、物体として顕現するのだろう。
同志と表現すれば聞こえはいい。
しかし俺にとっては、あまりに遠い存在へと昇華してしまった。
すぐ
その日、上辺だけを取り繕った俺は、もう心の
明日、明後日と休日だから、午前中から夕方までのシフトにしていたけど、今となってはそれが救いなのだろう。
安栗さんは慣れるまで夕勤に絞るらしく、勤務時間が引き継ぐ数分しか被らない。
更に俺は終わった後が暇になるから、気晴らしにジムでもアニメでも自由に満喫できる。
彼女の声は聴きたいのに、会うのが辛い。
叶わぬ願いと痛感してしまったから。
うだうだと悩む日々はあっという間に過ぎ去るもので、気付けば月曜日を迎えていた。
土日は予定通り接触を最低限に控えたが、平日となれば話も変わってくる。
さて、どうしたものやら。
「みーどりんっ。今日はなんだか暗いねー。もしや失恋でもしちゃったのかなー?」
「おちょくるなよ藤之宮。そもそも俺は恋愛なんて眼中にねーんだよ」
「あれー? その反応、ガチでフラれた?」
「だから違うって! 俺は黒田んとこ行くから、お前も他の女子に混ざって飯食ってこいよ」
昼休みになった途端、ニヤつきながら冷やかしてくる藤之宮。
包み隠さずに白状すれば、傷口に塩を塗りたくられている気分だった。
今の俺にこいつの相手をする余裕はない。
さっさと逃げてしまおうと席を立ったタイミングで、その女に行く手を阻まれてしまう。
「どけよ。誰と食おうが俺の勝手だろ?」
「そー言うと思って、今日はスペシャルゲストを誘ってあるんですけどな〜」
「……何を企んでんだお前は?」
「んー、企んではないよー。あたしはみどりんに喜んでほしかっただけ♪」
藤之宮は所詮七十七点。
何かされたところで心揺さぶられたりはしないが、こいつなりに気を使っているらしい。
それは友人として、素直に受け入れるべきなのかもしれない。
多少しんどい相手だが、一応座り直した。
廊下に出てったところを見ると、他のクラスの生徒を連れてくるつもりかも。
そこでようやく心当たりに行き着く。
半信半疑のまま様子を
結構強引に見えたけど、大丈夫なのか?
「お待たせー! お姉ちゃん呼んできたよ」
「いや、拉致してきたと言われた方がしっくりくるんだが。なんか悪いな、藤之宮の姉貴」
姉に目を合わせて謝罪すると、黙って小さく頷いていた。
しかし反応があっても声を聞けないままでは、俺としては収穫ゼロに等しい。
机を並べてあっさり座ってくれたものの、なんとかして喋らせてみたいものだ。
「それでねーみどりん。お姉ちゃんを呼んだのは、みどりんの為だけじゃないんだよ」
「あん? どういう意味だ藤……桔梗?」
「おぉ、いいねーそれ! これからはあたしのこと、いつも名前で呼びなよー♪」
「やだよ。なんか舌が痒くなるし」
「えー、そんな言い方されると傷つくわぁ」
「嘘つけ。お前は神経図太いだろうが」
なんだかんだでこいつのペースに乗せられ、無意識のうちに笑みがこぼれている。
本当に元気付けようとしてくれてるらしい。
それにしてもこの姉妹は双子だけあって、並んでる姿が文字通り瓜二つだな。
ゲラゲラ腹を抱える妹は愛嬌があって、口を隠してクスクスやってる姉は慎ましい。
端的に言えばそんなイメージ。
つーかこの姉、普通に笑ってんじゃん。
声はほとんど出していないけど、明らかに口角が上がっている。
これ、もっと爆笑させれば聞けるのか?
何か面白いネタでもないかと考えていると、妹から
「お姉ちゃん、ずーっと照れてるだけじゃ、本当の気持ちは伝わんないんだよ?」
「姉ちゃんのそれって、照れなのか?」
「あー、うん。なんか恥ずいみたいで、必要最低限にしか人前で喋んないの」
「そっか。まぁワケありっぽいし、妹が代わりに解説してるからいいんじゃねーか?」
「あり? みどりんらしからぬ奇妙な発言に、あたしは驚きを隠しきれないよ」
確かに柄にもないことを口走った。
本心とはまるっきり正反対だと認めよう。
だけどこいつに無理をする義理はない。
しかもつい先日、こうしたコンプレックスから深く悩んでいた事例を耳にしたばかり。
俺は
ただしそれは俺個人の決意であり、周りが何を思うかまでは分からない。
そこまで考えてみれば、あとは本人に任せるしかないんだよな。
意思の疎通はある程度できてるし。
チラッと横目で姉の方を見てみると、不覚にもバッチリ目が合ってしまった。
てゆーか、何か言いたげだなこの子。
「ありが……とう。やっぱり……優しい人」
「…………は?」
「ちょっ、みどりん聞こえなかったん?」
「いや、しっかり聞いた。聞こえたからこそ、心底びっくりしてしまっただけだ」
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