第8話 紫色の双子姉妹(3)

 安栗さんと出逢ってから、俺は少々おかしくなっているのかもしれない。



 外見なんて飾り。

 性質も飾り。

 言語も飾り。


 眼に視えるもの、意味を持つものなんて、使用者のさじ加減でどんな色にも変化する。



 綺麗に魅せる為の装飾品に惑わされてはいけない。


 関心を抱くことも許さない。



 そう自分自身に誓ったのだ。




 唯一変えようのない、持ち主本来の色を示してくれるのが声。


 それに惹かれるという現象こそ、相手の本質そのものに心奪われるということ。


 フィーリングを測る為の単純明快な基準。




 何を信じても裏切られるのであれば、裏切られても許せるくらい好きな要素に拘ればいい。


 装飾品にかどわかされるよりずっといい。


 俺の信念はそこにある。


 あるはずだった。




 ならば性格がどうだとか、思いやり云々を議論するのはナンセンスだろう。



 無意味なことだと思っていながら、なぜそこに視点を広げている?



 なぜ声ではなく、言葉に耳を寄せている?




 こんなに真っ直ぐな眼差しを浴びても、推し量れるものなんてないはずだろう。



 ないはずなのに、ただ嬉しくなっている。



 ここで出てきたセリフも、俺なりの喜びの表現だった。


 

「菫は良い声してるよ。もっと早く知ってたら、俺から告ってたかもしれない」


「私、あなたの声も好き……よ。聞いてると落ち着くし、いっぱい……喜ばせてくれる」


「この声を褒められたのは初めてだな。深みがなくて、お調子者っぽくないか?」


「そう……かな? 威圧感が無いし、とても親しみやすい……と、思うの」

 


 ダメだこれ。


 こんなに可愛らしい声で肯定されたら、自分まで美声なのかと錯覚してしまう。



 見た目や話し方はおっとりしてるのに、芯があって通りやすい声質だよな。



 願わくば「バ、バッカじゃないの!? あんたの声なんかなんだっていいのよ!」なんて言ってくれたら、一瞬で落ちるかも。


 Mっ気があるという意味ではなく、そういうセリフに相応しい声ってだけだ。


 キャラ的には、桔梗の方が言いそうだけど。



 そう思って妹に目をやると、なんだか猛烈にソワソワしている。


 急に姉が告白しだしたりすれば、気まずくなったとしても不思議ではないけど——


 

「桔梗、姉貴を呼んだのは俺の為だけじゃないって言ってたけど、これでもないのか?」


「あー……えっとね、お姉ちゃんがみどりんにお礼を伝えたいって言ってたの。だけど、まさかこういう形になるなんてー……って感じかな」

 


 なるほど。

 こいつとしても想定外の方向に進んでしまったわけか。



 俺は幾分余裕も出てきたし、困惑する桔梗のケアをしないことには考えもまとまらない。



 しかし話しかけようとした瞬間、菫が妹の顔をグイッと覗き込んだ。

 


「やっぱり……桔梗も、彼のことが好き?」


「お、おい待て菫! そんな根も葉もないこと訊いて、これ以上混乱を招くな!」


「私、時々見てた……の。桔梗が……あなたと楽しそうに、してるところ。妹の想い……は、なんとなく気付いてた……のよ」


「さすがに見込み違いだろ。俺と桔梗は友達同士だが、特別好かれるようなことは——」


「そ、そーだよお姉ちゃん! いくら双子だからって、なんでも通じるわけじゃないって! あたしとみどりんは仲のいい友達ってだけ!」


 

 桔梗が愛想笑いを始めてすぐ、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。


 その音に掻き消されるほど小さな声で、姉から妹へと何か言ってるのは見えた。


 内容が聞こえなきゃ意味もないけど。



 軽く会釈をして教室から去っていく菫。


 姉の後ろ姿に見向きもせず、俯いてる桔梗。



 俺はこの姉妹に巻き込まれているに過ぎないが、モヤモヤした感情を拭いきれない。




 結局この日は藤之宮姉妹にコンタクトを取れず、バイトもなかったからひたすらサンドバッグに当たり散らした。



 明日になれば元通りになるのだろうか。


 いや、俺は菫に返事もしてないし、桔梗には避けられてる感じがした。


 自動で修復されるバグではない。



 その上放課後はバイトもある。


 金・土・日は安栗さんもシフト入ってるけど、火曜はどうだったかな。


 最初に会ったのが火曜だし、また被るかも。


 どう接すればいいのか分からないのに。



 勝手にときめいて、勝手に悲嘆して。


 ホント自分勝手だよなぁ俺は。



 安栗さんはもちろんそうだし、藤之宮姉妹だって何も悪いことはしていない。


 俺にコミュ力が足りてないから接し方に苦悩して、なんか逃げ出したくなってるだけだ。


 今まではこんなことなかったのに。


 テキトーに話を合わせて、面倒になったら距離を置いて、それで特に問題なかった。


 どうせ大した興味もない相手だし、同性であれば色恋沙汰にも発展しない。



 異性であんなに気楽だったのは、身内を除けば桔梗くらいだったもんな。


 色目使わないし、遠慮してこないし。



 結構気に入ってた関係なのに、壊れてしまうのはやっぱり嫌だな。




 ベットに入って目を瞑っても、頭ん中がごちゃごちゃして眠れやしない。


 とりあえずアニソン聴こ。


 




「よう若苗! お前ついに桔梗ちゃんまで振っちまったのか?」


「朝っぱらから何ぶっこいてんだ七十二点? そのクソみたいな疑問にソース情報源あんのかよ?」


「親友を点数で呼ぶとか腐ってんなぁ。なんなら陽介くんって呼んでもいいんだぞ?」


「きもちわり。んで黒田、お前の妄想はどっから独り歩きした?」


「ほれ昨日さ、菫嬢まで一緒にいたのに、あの後から桔梗ちゃんずっとあんな感じじゃん?」


 

 七十二点、もとい黒田くろだ陽介ようすけが顎で指した先には、机に突っ伏している藤之宮の姿。



 登校後は大抵誰かしらと駄弁だべってるから、様子の異変は火を見るより明らか——か。



 原因についても、昨日教室で食ってた連中からすれば、俺に行き当たるのも自然な流れ。



 あそこまで凹まれると、こっちが罪悪感に打ちひしがれそうなんだが。


 

「別に何もしてねーよ。あいつだって、俺とは友達だって宣言してたし」


「みどりん、それ、ガチであたしの本心だと思ってんの? 本気で言ったって思ってるの?」


「うげぇ……気色わりぃ声真似すんな、気色悪ぃ」


「二回も言ったぁ〜! みどりんひどぉーい! 傷つくぅー!」

 

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