第2話 ちょっと、制服の話

 今年、富貴恵ふきえは、その生まれたばかりのお釈迦しゃか様の像に甘茶をかけに来る信者さんたちの「お接待」の係だ。

 お母さんは家事があるし、だいじなお客様をもてなさなければいけないので、ここでは「庫裡くり」と呼んでいる富貴恵の家のほうにいる。お接待の場所にはときどき顔を出すだけだ。

 小学生の弟は学校に行っている。

 だから、お父さんが仏事のためにお堂に入ってしまい、檀家だんかの人も手伝いに来ない時間帯は、ここに出ているのは富貴恵だけということになる。

 尼さんでもないので袈裟けさとかを着るわけにはいかない。

 中学生のころはピンクの吊りスカートにボレロという格好でお接待をしていたが、その服装では幼いと思うし、だいいち、富貴恵が大きくなってサイズが合わなくなってしまった。

 何を着たらいいかを考えるのもめんどうなので、瑞城ずいじょう女子高校の制服を着て座っている。

 この制服は生徒たちのあいだでは評判がよくない。

 腰のところが締まったデザインで、左側のファスナーを開閉して着たり脱いだりするところはセーラー服と同じだけど、襟は普通の襟だ。その襟だけが白くて、「つん」と先のとがった襟の形が強調される。前身頃にピンタックが入っているのも気取っているようでいや、と言われる。

 夏服も、シャツの色が白いだけで、デザインは同じだ。

 「もっさりしている」とか、「地味すぎ」とか、「いっそのことセーラー服にしてくれればいいのに」とか、「ほかに似たような制服がないから、ちょっと見ただけで瑞城の生徒とわかってしまって、恥ずかしい」とか言う子もいる。

 でも、富貴恵はこの制服が嫌いではない。

 この制服でなければこの学校をやめる、と言うほどまで制服を愛してはいないけれど、「べつにこれでいいじゃん」ぐらいには思っている。

 だいたい、瑞城は、そこの生徒でいるのが恥ずかしいと思うような学校ではない。

 この感覚は、生徒の住んでいる地域によって違うみたいだ。

 県央けんおう箕部みのべあたりの生徒は、この制服が恥ずかしいとか、「瑞城なんか」に通っているなんて恥ずかしいとか思う率が高いらしい。

 それは、県央には、名門校も、制服がおしゃれでかっこいい学校もたくさんあるからだ。「この街にはいい学校がいろいろあるのに、わざわざいずみはらの瑞城まで通っているなんて」と思われる。

 たとえだれも思わなくても、自分でそう思われているとそう思ってしまう。

 そういうものらしい。

 でも、瑞城の地元の泉ヶ原や、富貴恵の住んでいる八重やえまち、駅のある青谷あおだに、その北の工業都市の蒲沢かんざわとかでは、

「あ、瑞城? いい学校、通ってるね」

という反応が返って来ることが多い。

 泉ヶ原には女子校の名門として明珠めいしゅ女学館じょがっかんという学校があるのだけど、明珠は大学もあって「別格の名門」として扱われている。したがって、「別格ではない名門の女子校」として瑞城が認知されている、というわけだ。

 あと、瑞城中学校から高校に内部進学すると、まず着るのが冬服なので

「この制服、紺一色で地味」

と思ってしまう。

 中学校の制服は吊りスカートに襟なしジャケットという組み合わせで、冬服でもシャツの白が胸元に見えている。それに、それを着ていた自分が言うのもだけど、かわいらしい。それが、胸元まで紺一色になり、「かわいい」要素がなくなるので、もの足りない。高校生になって中学生よりも自由になったはずなのに、紺色で体じゅうを封じられてしまったような感覚がある。

 この感覚は、富貴恵も覚えがある。

 でも、二年生になって、「瑞城の制服ってこういうもの」という「慣れ」はできてきた。いまでは中学校の制服のほうが幼く感じてしまって、着る気になれない。

 いや。

 制服のことはどうでもいい。

 今日は藪寺のお花祭りの日なのだ。

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