第31話 毛受愛沙、近づきすぎ!

 下校の明珠女めいしゅじょ生に混じって、陸橋をさっきと逆方向から越える。

 そこから少し瑞城ずいじょうのほうに戻ったところがその「秋麺」だった。もうのれんも出ていたので店に入る。

 いらっしゃい、と声をかけられた。

 入るまで、ガラの悪いお嬢様御用達ごようたしの、ガラの悪い店じゃないか、という恐れが残っていた。

 あの毛受めんじょ愛沙あいさも含めて、学校で見かけた生徒たちは、普通の、どっちかというと明るい子たちだった。

 でも、この店には、そうではない子たち、昔のような「非行少女」たちがたむろしているかも、と、店に入る瞬間には思った。

 景子けいこは、高校のころ、買い食いはしたし、お茶ぐらいならしたけど、帰りにどこかの店に寄って晩ご飯を食べて帰るということはなかった。

 専門学校のころは外で食べて帰るほうが普通になったけど。

 だから、帰る前に外食なんかする子は「非行少女」っぽいかも知れない、という感覚が、景子には残っていた。

 でも、そうではなかった。

 店は、向かい合わせの四人席が手前にあるだけで、あとはカウンター席だ。

 店員さんは男のひとが二人と女のひとが一人だ。その女の店員さんのいる前に座る。

 「生姜しょうが醤油しょうゆラーメンお願いします」

と言うと、女の店員さんが

「生姜醤油ラーメン一つ、以上でよろしいですか?」

と復唱する。色白で、たぶん青っぽいアイシャドーを入れている。その声がアニメ声っぽい。

 「はい」

と言うと、アニメ声っぽい店員さんは、おしぼりを渡してから

「お冷やと冷たいお茶はそちらからセルフサービスでお願いします」

と言う。指さしたところに給水器があった。コップも並べてあったので、自分で水を取ってきた。

 さて、どういうものが出て来るのだろう?

 そう思ったところで、表の戸ががらっと音を立てて開いた。

 入って来たのは……。

 白いカーディガンに明るい紺色のスカートの少女だ。

 すぐにわかる。

 毛受めんじょ愛沙あいさ

 愛沙は、目を細めて、もともと巻き気味の髪を揺さぶり、またハッピーな感じを振りまきながら入って来たけれど。

 カウンターから景子が自分を見ているのに気づいて、はた、と立ち止まった。

 「はたと立ち止まる」という表現ってこうとうときに使うんだな、という見本のように、「はた」と立ち止まる。

 表情まで凍る。

 生徒指導の職員に買い食いに入って来たのが見つかったからだろうか?

 でも、毛受愛沙は、景子が生徒指導補佐になったことなんて知らないはずだけど?

 その毛受愛沙は、立ち止まったところから、息をひそめるようにしてさささっと動いてきた。

 うん。

 若い。

 かわいい。

 二十歳から十八歳までは二歳しか違わないけど、十五歳までなら五歳も違う。人生経験の二十五パーセントの時間が違う。

 そんなことを思っている景子のほうに、毛受愛沙は、木のタイルの床を近づいて来た。

 途中で止まってどこかに座るだろうと思ったら止まらない。

 ついに、景子のすぐ横まで来て、景子のすぐ隣の椅子に座る。

 鞄は景子の座っている椅子とは反対側に置いた。

 いや。

 ここまでなれなれしくしてくれなくても……。

 いいけど。

 別に。

 ところが。

 景子の隣に腰を下ろした毛受愛沙は、座ったまま景子の肩に自分の肩をくっつけてきた。

 巻き気味の髪の毛も、景子の頭の横に当たる。

 さすがに、近づきすぎだ。

 別にいやな感じはしない。

 でも、大人としては、注意したほうがいいんだろうか。

 「あの……」

 しかし、愛沙の声は、のどに詰まったような超ひそひそ声だった。

 息をのみながら声を出している、という感じ?

 「景子さん、ほんとに来ちゃったんですか?」

 な……?!

 なに、その言いぶん。

 「うん」

と景子は平気で答える。

 愛沙が続けてきく。

 「生姜醤油ラーメン、頼みました?」

 景子はやっぱり平気で答える。

 「うん」

 愛沙は顔を引きつらせた。たぶん引きつらせたのだろうと思う。

 いっそう、声をひそめる。

 「あれ、エープリルフールだったんですけど」

 はいっ?

 たしかに今日は四月一日だけど。

 そこに、カウンターの向こうで店員の女のひとが近づいてきた。

 毛受愛沙は、動揺している様子をすっと消して、店員さんににこやかに言う。

 「じゃ、わたしも生姜醤油ラーメンをお願いします」

 店員さんはおしぼりを毛受愛沙の前に置くと、景子のときより簡潔に確認した。

 「えっと。以上でよろしいですか?」

 「はいっ」

 とても明るい性格のすなおな女子高生という感じで、愛沙は答えた。

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