第27話 対決の続き?

 これで景子けいこは社会人一日めの務めを果たして無事に家に帰れる……。

 ……はずだった。

 ところが!

 職員室を出たところで、白い顔と出会ってしまった。

 白く厚塗りした顔、不自然に鮮やかなピンクの口紅……。

 上部かんべ先生だった。

 さっきの、胸を突き出してお尻を振りながら、という歩きかたではない。年相応に背をかがめて歩いてくる。

 どう対応しよう、と景子が考える前に、その上部先生が

「あら。お帰り? お疲れさま」

と声をかけた。

 とても親しそうに笑っていて、さわやかだ。

 何かの罠?

 でも、罠だとしても、どんな罠かわからない。それで

「あ。お先に失礼します」

と景子もにこやかに笑って答えた。

 しかも、とっさに、つけ加える。

 「この学校、桜がとてもきれいなんですね」

 言ってから、もしかして地雷かな、と思ったけど。

 「そうなのよ」

 上部先生は足を止めた。

 ことばがあふれ出す。

 「瑞城ずいじょう女子高校は、戦後になって、新しい時代の新しい女子教育を目指してつくられたから、新しい時代の日本の女子にふさわしい木として桜が植えられたのよ。そのころから瑞城とともに育って八十年。桜は瑞城の伝統の象徴なのよ」

 つまり、それは、成績がよくておとなしい隣の学校の生徒をつかまえて、巻きにしたり、砂を口に詰め込んだり、財布を取り上げて泥の中に突き転ばしたりする伝統だな。

 せっかく相手がにこやかにしているのに、いやな気分になる。

 そこで、景子は別のことをきくことにした。

 「ところで、少し教えていただきたいんですけど」

 「はい。なに?」

 ここで「わたしって、生徒指導部の先生の言うことをきけばいいんですか? それとも上部先生のしもべですか?」とかきくと、とてもややこしいことになる、ということは想像できた。

 だから、もちろんそんなことはきかない。

 「教職員はここの下足場げそくばは使ってはいけなくて、中学校校舎のほうを使うことになってる、ってきいたんですけど」

 朝、毛受めんじょ愛沙あいさにそう言われた。

 「あら」

 上部先生は上機嫌なままで答えた。

 たぶん、中学校のほうを使うのが瑞城の伝統だ、というような答えが返ってくるんだろうな、と思う。

 ところが

「そんなのはどっちでもいいのよ」

というのが上部先生の答えだった。

 「中学校の玄関のほうが南向きで見栄えがいいから正面玄関として使ってる、ってだけ。だって中学校から入ると、いちど二階に上がって二階の渡り廊下で図書館のところに来て、下りて来ないといけないでしょ? そんなめんどうなこと、しなくていいのよ」

 毛受愛沙が「空中渡り廊下」と言っていたのは、その二階の渡り廊下のことだったのか。

 「ほかわからないことがあったら、なんでもきいてちょうだい。それじゃあ、ね」

 景子が「じゃあわたしは生徒指導部の……」ときいたらどうなるんだろう、と思うひまも残さないで、上部先生は職員室に入って行った。

 何?

 さっきの剣幕けんまくとの落差……。

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